根も歯もない/百々秀SNSを利用するC.FIRSTファンの間ではこんな噂話が流れていた。
『花園と天峰また不仲説出てるな〜』
『百々人くんと秀くんが仲悪いって本当?』
『え〜、鋭心くんも大変だね・・・』
『最近変な噂流れててちょっと心配』
『C.FIRSTまた不仲説かよ、ウケる』
所詮はSNS上で流される根も歯もないない噂話。
匿名だからと心無い言葉が呟かれ、ファンからは心配する声も上がる。
「百々人先輩ってまだ俺のこと嫌いですか?」
俺からの問いかけに、先輩はちょっと気まずそうに目を逸した。
「えっ、まだって何?嫌いになったことは・・・ないけど」
「その、以前は、俺のこと苦手だとか言ってましたよね?」
「あー・・・、うん、少し苦手だったかも」
ほんのちょっとだけね、と先輩は言葉を付け足しながら苦し紛れに笑う。
「しゅーくん、今日はどうしたの?」
キミらしくないね、と先輩が首を傾げる。
先ほどのスマホの画面を見せると、先輩はまじまじと覗き込み、あぁ、と少しわざとらしくと声をあげながら顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「ねぇ、あれって・・・!」
「えっ?嘘!本物?」
少し離れたところから熱い視線を感じた。
チラリと視線を向けると、同世代の女子高生2人組がらキャー!と黄色い歓声が上がる。
俺はアイドルの仕事を始める前から個人で作曲活動はしてた。だから、俺のファンだという人に街中で声をかけられることもあったけど。アイドルの仕事を始めるようになってからは、C.FIRSTのファンに声をかけられたり、こうやって黄色い歓声を寄せられることも増えた。応援してもらえる気持ちは嬉しいけど、街中で目立つのはちょっと困るし、今は仕事中じゃなくてプライベートというか、事務所から帰るところだし。それに、今は百々人先輩も一緒なのに。
「ねぇ、あれってC.FIRSTの・・・」
「あぁ、もしかして不仲説出てる2人?」
女子高生の近くにいた別の女子高生グループが足を止めてそんな会話を始めたのが聞こえた。
こんな根も歯もない噂話、気にしなければいいのに。俺はぎゅっと拳を握りしめる。
「先輩、もう行きましょう」
そう言ってその場を離れようとすると、先輩は俺の腕を掴んで引き寄せた。
「ねぇ、見せつけてやろうよ」
耳元で囁かれた言葉に驚いて瞬きをしていると、先輩はパーカの裾で俺と先輩の顔を隠して、それから・・・
唇に触れたやんわりと触れた暖かい感触と、遠くで聞こえた彼女達の叫び声だけをぼんやりと覚えている。