冷たいやけど/百々秀「この公園、近道なんだよ」
先輩はそう言って、通り道にあった大きな公園の中へと入っていった。
事務所での集まりが終わって、今日でやっと長かった1週間が終わった。社会人は花の金曜日なんて言うけど、俺たち学生も金曜日は休み前で浮き足立つものだ。そんな華やかしい金曜日でも、今日は朝からずっと雨が降り続いていた。梅雨の日の天気らしい1日で。雨が降って気温は涼しいに、蒸し暑い、この時期特有の変な気候で。
公園内の歩道にはアスファルトのへこみの上に水溜りがいくつもできていた。俺の前にあった少し大きな水溜りは、光が反射し、鏡のように俺の顔を映し出した。今の俺、こんな情けない顔してたんだ。雨が降り続く水たまりは、雫が落ちて波紋を描き、そこに映る俺の表情をより一層歪めていく。
「しゅーくん?どうしたの?」
俺の半歩前を歩いていた先輩が、俺が立ち止まっていることに気づいて声をかけてきた。
「あぁ、すいません。アイツともこうやって大雨の日に、水溜り避けながら帰ったなって思い出して」
アイツ、それは親友のことで。あの日も大雨で、ふざけ合ってたら、アイツが水溜りにはまって、ずぶ濡れになって怒られたんだった。あの頃は毎日がすごく楽しくて・・・。雨の日はなんだか気分が沈むというか、色々なことを考えてしまう。
「しゅーくん」
先輩は自分の傘を下ろして俺の傘の下に潜り込んできた。揺れるような先輩の瞳と目があう。
「えっ、せんぱい・・・?」
寄せられた顔に、俺は反射的に後退りをしてしまった。
ばしゃっ、と水音が立ち、足元に冷たい感覚を感じた。最悪だ。足元を見ると、俺は先ほどの大きな水たまりに中に足を突っ込んでいた。
「あっ、ごめん!」
先輩は咄嗟に謝って、固まっていた俺を水溜りから引き上げる。水が跳ねた制服のスラックスは色が濃く変色し、スニーカーからは水が染み込み、靴下までじんわりと染み込んできた。
少し歩いた先に、公園内に設置されたベンチと屋根のある休憩場所が見えた。先輩は俺の手を引いてそこまで歩いていく。
ベンチに座ると一気に疲れが押し寄せるような感覚になった。先輩は鞄の中からタオルを取り出す。水溜りにはまった右足のスニーカーはもう全体に水が染み込んで重たくなっていた。跪いた先輩は俺の右足の靴下を脱がせてタオルで優しく撫でるように拭いてくれた。
「さっきの話って、前に言ってた親友くん?」
「はい、そうです」
先輩は俯いたまま、俺にそう問いかける。俺は友達が多い方じゃない。親友と呼べるのもアイツ1人だけだった。
「あのね、しゅーくん。今キミの隣にいるのって僕だよね?」
「はい、・・・すいません、もしかして俺また変なこと言いました?」
先輩は俺の言葉に一瞬、手を止めたが、相変わらず下を向いている先輩の表情は分からなかった。
「あのさ、僕の家、ここから近いから寄ってきなよ」
表情は見えずとも、先輩のその声色はどこか嬉しそうに聞こえた。
「あの、先輩、もしかしてわざとですか?」
「さぁ、どうだろね」
顔をあげてにこりと笑った先輩は、しゅーくんも明日お休みだよね?と確認をしてきた。そんな彼に俺はそっと頷く。
降り続く雨は、俺を大人しくは帰してくれなさそうだった。