Irrésistiblement(みつくり) 待ちぼうけの壁の花、の表現は正しくない。
夜会が始まってすでに2時間近く、広光の番の傍えである光忠は未だに姿を見せない。同じ家に暮らしているが、所用で外出している光忠とそれぞれ別にこの鶴丸家本邸へ来る手筈になっていた。しかし、待ちぼうけを食わせるなら相応の理由があるはずと理解している。通りかかった給仕から何杯目かのシャンパンを受け取って、静かに口へ運んだ。周囲がざわざわと五月蠅いのは、この1時間と30分ほどの間に広光へダンスの申し込みに来た10人余りが、全員玉砕の憂き目に遭っているからだ。
社交界に初めて姿を表した広光を、かの名家・大倶利伽羅伯爵家嫡男にして極種(オメガ)、この場に居る独身の優種(アルファ)の男女ならば誰しも一度は縁談を検討しただろうその人と知る者は、ほとんど居ない。高嶺の花では足りず、天上の花あるいは水に映る月と謳われる極種に生まれ、ご多分に漏れず屋敷の奥深くで珠玉として育まれてきた。愚か者から身を守るために、番を見つけて契りを交わすまでは、社交界へ出ることもない。
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