恋とはどんなものかしら(黑限) 冗談を口にする性質ではないと熟知しているが、師である無限は稀に冗談ともつかぬ冗談を真顔で言う。今回も、その類と思った。
「日本で店を開くのに、なにがいい?」
「はい?」
「日本で店を開くだろ。どんな商売がしたい?」
「なに?」
「ん?」
何気ない口ぶりでの思いもかけない問いかけは、8年一緒に暮らしている広いマンションのリビングでの、夕食後の一服中だ。梅雨が明けて昼の気温は汗ばむほどに高くなったが、夜はルーフバルコニーの掃き出し窓を全開にすれば充分に涼しい。眼下には、天と地が逆しまになったような夜景。互いにTシャツとスウェットの軽装で、ビールグラス片手の無限が高い位置で一つに結った髪を揺らし、不思議そうに小首を傾げる。
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