一年が経った話「私のことを、覚えていますか?」
目覚めた着の身着のままで世界中を巡った自分と同じくらいに泥だらけ傷だらけのまま、彼女は晴れやかに笑った。
どちらを目指してかは分からないが、主の窮地に駆けつけてきた王家の白馬が、ぶるると鼻を鳴らして近付き、一定の距離を空けて止まる。
ざわりと風が透き通った。
聞きなれた声と見慣れない表情でこちらを振り替える彼女に対して「はい」とか「ノー」とか単純な返事では、ふさわしくないだろうと思ったので───……
◇
──1つ、年が巡ってしまった。
血のように紅い月が昇らなくなった新芽の季節から、長閑な村の片隅に居を構え、腰を据えるようになった今。窓を揺らす風は冷たいが、あちらこちらで再び春の兆しが顔を出している。役目を終えて、ただ一人のための騎士の真似事をして生きるのは、毎日が冒険譚の一幕だった日々に比べて静かなものだった。
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