月に沈む その日、生涯添い遂げると神の前で誓ったはずの女が消えた。
二人の愛の巣だったアパートは何一つ欠けることなく、けれど、今までそこにあったはずの当たり前の日常だけが切り抜かれたかのようにシンとしていた。
異変にはすぐに気づいた。普段であれば玄関まで出迎えてくれる妻の姿はなく、部屋の中は真っ暗だった。
けれど、人の気配のようなもの、人がいたであろう気配だけは色濃く残っていた。
それは、嗅いだことのない煙草の匂いに混じって、悠仁の心をひどくかき乱した。
何かがおかしい。
どこか変だ。
嫌な予感は的中する。
ダイニングのテーブルの上には妻の名前が記入された離婚届と、必死で貯めた金で買った結婚指輪が置かれていた。
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