「あんたは、涙を流したことがあるのかい」
シグウィンは本から顔を上げる。その本の題名は『涙の理由』なんてものであった。一見詩的に見えるそれの中身は、ほとんど科学的な人間の器官などの解説本であったが、目の前の青年には興味深く映ったらしい。
「キミもめったに泣かないわね」
「公爵様には血も涙もない、だったか。少なくとも血は見せてるつもりなんだがな」
「血もできることなら見せてほしくないのよ」
「はは、わるいな……よろしく頼む」
そう言って笑う彼の腕の包帯をはがし、新たなものにとりかえる。彼は空いたもう片方の手で彼女が先ほどまで読んでいた本をとりあげると、片手で器用にページをめくって内容を眺めはじめる。彼女の手に余る大きさのそれは、彼の片手にはすっかり収まっていた。
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