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    リオシグ
    ほぼ没の供養 いつか再利用しているかもしれない
    短い

    「あんたは、涙を流したことがあるのかい」
     シグウィンは本から顔を上げる。その本の題名は『涙の理由』なんてものであった。一見詩的に見えるそれの中身は、ほとんど科学的な人間の器官などの解説本であったが、目の前の青年には興味深く映ったらしい。
    「キミもめったに泣かないわね」
    「公爵様には血も涙もない、だったか。少なくとも血は見せてるつもりなんだがな」
    「血もできることなら見せてほしくないのよ」
    「はは、わるいな……よろしく頼む」
     そう言って笑う彼の腕の包帯をはがし、新たなものにとりかえる。彼は空いたもう片方の手で彼女が先ほどまで読んでいた本をとりあげると、片手で器用にページをめくって内容を眺めはじめる。彼女の手に余る大きさのそれは、彼の片手にはすっかり収まっていた。
     試合やら何やらでよくけがを作っていた囚人の頃から今に至るまで、彼は定期的に医務室に訪れている。公爵ともなれば怪我も減るだろうという見立ては外れ、きづけばその時間には他に誰も訪れなくなってしまった。
    「はい、反対も見せて頂戴ね」
    「ああ」
     意外と彼はこの本を気に入ったらしい。曖昧な返事をしながら本を持ち替え、黙々と読み進めている。と、ページをめくる手を止めたかと思えば本と見比べるように彼女と本に視線を交互に移し始めた。
    「あんたの目は人間のと大して変わらなく見えるが……」
     そう言いながら、彼女の人によく似た――しかしながら人のそれとはおそらく別物である――瞳をじっとみつめる。どうやら先ほどの質問はただこちらの気を引くためではなかったらしい。
    「あら、そんなにウチたちを泣かせたいのかしら」
    「まさか。人間の解説書ならいくらでもあるが、メリュジーヌの解説書はあまりに少ないだろう。しいていえば伝承だが、まやかしにすぎないことだってざらさ。なら、好奇心を抑えるには直接聞くほかないってわけだ」
    「そうね。なら寿命までちゃんと生きて頂戴。みんな悲しんでくれるのよ」
    「そうかい」
     彼はこちらから壁を見せればそれ以上の交渉はしない。それが彼女には心地の良いものだった。自分で言ったことでありながら、彼が死んでしまったとき、自分はきっと悲しむのだろうなと小さく彼女は思う。それがどの人間でいうどれほどの悲しみに値するのかはわからなかったが。
    「でも、泣けるなら泣いたほうがいいと思うのよ」
     彼女は独り言のようにつぶやく。彼は何も言わない。泣き方を忘れた男には響かない言葉であったし、泣き方を知らぬ彼女もまた、自身の言葉に無責任さを思った。
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