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    ヌフ バウムクーヘンエンド  見知らぬ場所。見知らぬ光景。そして見知らぬ姿で、彼女は笑っている。水に濡れた『王冠』を拾い上げ、奇しくも魔神の『彼女』と似た白のドレスを纏い、しかし明確に人間として、彼女は微笑んでいる。手を伸ばし、触れるすんでで彼女は消えた。そうして彼は気付く。彼女の姿は見知らぬものなどでは決してなく、そしてこれは夢なのだと。

     ヌヴィレットがフォンテーヌを離れることはあまりない。夢から覚めたヌヴィレットは、遠いモンドの地にて、一人身支度を整えていた。恐らく次の機会は当分先だと思われる新鮮なモンドの水を味わっていると、軽快なノック音がホテルの小部屋に響いた。
    「ヌヴィレット?もう今日で帰るって本当かい?」
    扉を開く前から話しかけてくるのは変わらない。扉を開けば、以前より髪と背が幾らか伸びた彼女がそこにいた。
    「仮にも昨日式を挙げた女性が朝から他所の男を訪ねるべきではないと思うが」
    「君がそんな冗談をいうようになるとはね?それに僕達はそんな関係じゃないだろ?」
    そう言って彼女は心底可笑しそうに笑う。彼が幾度も見た笑顔だ。
    「まだ時間はあるかい?もう少しだけ話したいんだ」
    『彼』にはちゃんと話してあるから安心してくれ。その言葉に彼は頷き、ホテルの小部屋に彼女を通した。
    「……通して貰ってから言うことじゃないんだけど、急ぎの用だったりしないよね?」
    「ああ。ただ私のような者が他国に長く滞在するのは、たとえ私的なものであっても影響が及ぶ可能性があると考えてのものだ。予定より早めただけなので急用などではないから、安心してくれて構わない。」
     その言葉に安心したように彼女は微笑み、長くかかる話じゃないから、と言いながら背に隠していたらしい箱を目の前の机に置き、ヌヴィレットに見えるように開いた。
    「……これは」
    「僕がいつも被ってた帽子だよ、服もその下に入ってる。――これを数日、君に預かっててほしいんだ」
    「預かる」
    「うん。僕がモンドにいる間だけでいいんだ」
     彼女の意図が掴めず、彼は黙って続きを待つ。
    「神座を降りて人として自由に生きていい、といわれても僕が500年神を騙ったことは事実だ。その事実を捨てる気は勿論ないよ。」
    「でも、昨日のあの時、1人の『人間』としてこの場所にいられてるような気がしたんだ。君には可笑しく聞こえるかもしれないけど」
     そこまでほとんど一息で話して、彼女は小さく息をつき、固くなった表情を和らげ小さく微笑んだ。
    「昨日の会場、なかなか良かったと思わないかい?」
    「ああ、実に君らしいものだった」
    「褒め言葉として受け取っておくよ。『彼』にモンドで式をやらないかと言われた時は正直少し戸惑ったんだ。でも色んな人が協力してくれた。神様だから、神様のために、じゃない理由でね。ナヴィアとクロリンデには随分お世話になったし、千織はドレスを手掛けてくれた。――あの服、鏡の中の『僕』のと少し似てただろ」
     今朝、ヌヴィレットの夢に現れた彼女はまさにその姿であった。彼女が神座を降りた、すなわち『彼女』が死したその時に、死ぬ為だけに彼の前に姿を現した魔神の一柱。『彼女』の姿を知る者はこの場にいる二人だけである。彼は少し間を置いて小さく頷いた。
    「デザイン案を見せられた時は驚いてしまって、誤魔化すのが大変だったんだ。フォンテーヌ人ですらない彼女が知ってるわけないのにね?」
     そしてまた彼女は笑った。どこか『彼女』に似た笑顔に見えたのは彼の錯覚だろうか。
    「でもデザイン案を変える気は起きなかったよ。千織が作ったデザインなら間違いないはずだしね。――それに、『彼女』は僕じゃないし、それにもうどこにも居ないけど、多分悪くないと思ってくれるんじゃないかな、なんて思ったんだ」
    「帽子を式に並べてたのも、それの延長だったんだ……僕は、もしかすると『彼女』に祝福して欲しかったのかな?」
     彼はもはや頷くことも無くただ彼女を見ていた。彼女も恐らく彼の答えを求めてなどいない。その目線は交わらず、帽子はただ箱の中に佇んでいる。
    「でもあの時帽子は飛んで行った。水のある、フォンテーヌの方にさ。自由の風は合わなかったのかな、僕はなかなか気に入ったんだけど」
     青空の下の式場を舞った、いたずらなその帽子は、今は大人しく箱の中に納まっている。
    「その時やっぱり思ったんだ、僕は結局水神でもなんでもないただの人間だったんだ、ってね。自由に生きていい、って言われてもずっと解らなかったけど、今の僕はただのフリーナ。ただほんのちょっと長く生きてるただの人間。それでいいんだよね」
    「人間として生きることは、幸せだと思えている、と」
    「うん。やっぱり人間の時間の方が合ってるよ。それに『彼』に置いてかれてもきっとすぐだし、なんなら僕が先に死ぬかもだものね?」
     彼は彼女を見つめるが、彼女から視線が返ってくることはない。彼女は左手薬指に嵌められた指環を眺めていた。
    「『彼』にも昨夜この話をしてね。自分のことじゃないのにずっと嬉しそうにしてるんだよ。あでも、死ぬ時の話をしたら今死ぬ訳でもないのに泣きそうな顔になっちゃってさ。笑っちゃうよね。その後なんて言ったと思う?」
     そう問いかけて束の間、直ぐに彼女はやっぱりやめ、と困ったような顔を浮かべて答えを有耶無耶にした。否、これは困った顔では無い。だが彼は彼女に似合う言葉をすぐには引き出せなかった。
    「ええと、なんだかよく分からない話になっちゃったけど。ほんの少しだけ、モンドで本当にただの人間として、過ごしてみたいんだ。……君にはずっと面倒を掛けてしまってるけど、君以外には預けたくなくて」
     勿論構わない、と頷く。それを見た彼女は安堵したように笑った。
    「ごめん、帰るっていうのに押し付けるみたいなことになって」
     申し訳なさそうな顔をまた彼女は見せる。神であった時は決して見せなかった表情を、彼は幾つ見たのだろうか。数えたらきりが無くなるような気が彼にはしていた。
    「君が恐縮する必要は無い。責任をもって預かろう――おめでとう、フリーナ殿」
    「そう君に言われると照れくさいな……でも、ありがとう、ヌヴィレット」

     彼女と別れて帰路につく。彼は、モンドから璃月・軽策荘に行き、遺瓏埠からルミドゥースハーバーに向かうことにしていた。砂漠を通ることだけは避けたかったのだ。遺瓏埠で船にのり、フォンテーヌのそれとは全く別物である璃月の喧騒を聴く。雨も降らない穏やかな天気である。
     そうしてフォンテーヌに着いた時には既に午後を過ぎていた。今日は休暇を取っていたため、パレ・メルモニアにこの時間から行くというのも少し憚られるような心地がする。ヌヴィレットは暫し思案してから、少し『寄り道』をすることに決めた。
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