『こんなに醜い想いを抱いてなんになる』白髪の混じった髪を掴んでカブは、絞り出すような声をあげた。スタジアムの控え室で簡易なベンチに腰掛けた、歳月を重ねた太い足が小刻みに震えている。カブの両肘が膝の筋肉に食い込んでユニホームの下で赤くなっていた。俯く表情は見えずとも、苦渋を滲ませていることは想像に難くない。
カブの目の前で立ち尽くす若い長身。青いユニホームは微動だにしない。
「それでもカブさんは、オレが好きだよ」
カブの頭上から、落ち着いた声が降った。まるで当然のように、絵本を読み聞かせ寝かしつける時のように、自然の摂理を子供に優しく教え込むように。そんな、ただただ自然な声だった。思わず、カブが顔を上げる。勢いがよすぎたその動きのせいで、指に絡まった髪が幾筋か抜けた。
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