視線/悠七
視線。刺さるほどのそれに思わず七海は読んでいた本から顔を上げた。すると、じっとこっちを見つめている悠仁と目が合う。
「私の顔に何か?」
「ナナミンってさ」
質問には答えずに、悠仁は椅子から立ち上がると、七海の目の前に歩いてきた。視線は逸らされず、じっと見つめられたまま。
「すっげーキレイだなって思って」
「…は」
「クォーターなんだっけ? 肌も白くてキレイだよなぁ」
そう言って、彼は手を伸ばして七海の頬にそっと触れた。肌質を確かめるようにするりと指が頬を撫でる。
「髪もキレイな金髪だし」
今度は彼の手が頭に伸びて、優しく頭を撫でられた。七海は座っていて、悠仁は立っているから、彼の手は難なく頭に届いてしまう。
この歳になって人に頭を撫でられるという行為を経験する事はまずない。七海には頭を撫でてくれるような特別な相手もいないので、余計にそうだ。それなのに、一回りも下の男の子にあまりにも当たり前に頭を撫でられて、思わず呆気にとられてしまった。
「ナナミンって目もすげーキレイな色してるよな」
ぐいっと無遠慮に顔を近付けて、彼が瞳を覗き込む。ぱちりと合わさる視線。鼻先がぶつかりそうなほどの距離。
「角度で全然違って見えるよなー」
「…虎杖くん」
漸く絞り出した声で名前を呼べば、悠仁は「あ、ごめん」とぱっと距離を取った。
平静を装うのは得意だ。だが、上がった体温と、顔の熱さを誤魔化すのは難しい。特に肌が白いから、すぐに赤くなってしまって隠しようもない。
「あ、ナナミン」
「言わないで下さい」
赤い顔を指摘されるのも恥ずかしい。釘を刺して彼を見ると、悠仁はやはり真っ直ぐな視線をこちらへ向けていて、目が合うと心底嬉しそうな顔で笑った。
「やっぱナナミンってすっげーキレイ」
「どうも」
満更でもないと思ってしまう自分に呆れ、七海は持っていた本で自分の顔を隠した。
きっと少年のその言葉に他意はない。だが、その言葉に他意を見出したくなってしまう程度には、彼のその真っ直ぐな視線は特別に熱く、強かった。
「ナーナミン」
「何ですか」
ちらりと本から顔を上げると、悠仁は強い瞳で七海を見つめながら、にこりと笑った。
「かわいい」
「ひっぱたきますよ?」
赤い顔で言っても説得力は皆無だろうなと思いながらも、一応そう返しておいた。
2021/06/21