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    夢喰い

    創作メインに活動しています。時々ゲーム系も。
    うちよそなども大好き(*´ω`*)
    ゆっくりまったりしています。

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    夢喰い

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    シガキ社長とドレナージの小話です

    ##創作ISMWAR
    ##ウィレミアム

    狂気と現の狭間 仄暗い室内は、窓から差し込む日光だけが灯りの代わりとなっていた。
     その窓の近くに車椅子を移動させ、外の景色を眺めている者がいた。
     スーツ姿ではあるが、露出している肌の部分はほとんどが血の滲んだ包帯で覆われている。
     隙間から見える瞳は不気味なもので、白目の部分はほとんど漆黒に染まっていた。
     
    「社長、失礼します・・・・」

     背後から声をかける者が一人。
     やや猫背で小柄な、白衣を着た男だった。どうやら医師のようだ。
     片手に盆を持ち、その上には新しい包帯や消毒液の入った瓶などの医療道具が揃えられている。

     男は窓の外を眺めたまま、答えた。

    「嗚呼・・・頼むよ。今日は少し調子が良い。好きに替えてくれ」

    「それは・・・何よりです。では、失礼します」

     背後まで静かに近づき、近くのテーブルの上に盆を置く。
     車椅子の男は右手で軽くテーブル横の足の長い椅子を指差す。

    「使いなさい・・・・立ち続けながらでは疲れるだろう・・・」

     医師の男は戸惑う様子を見せたが、やがて自分が主を見下ろしている事に対して失礼になってしまうと思い、素直に椅子を引っ張ってきた。
     包帯を留めているテープを剥がし、結び目を解き、慎重に包帯を取っていく。
     数時間おきにこの包帯を取り換えているが、出血が止まらないせいですぐに汚れてしまう。血のせいで皮膚と包帯が貼りつく事が多く、医師はいつも焦りと緊張で手が震えそうになる。

    「難儀なものだろう・・・気にせずやれ・・・この感覚は、未だ慣れぬものがあるな・・・」

    「・・・ご災難な事で・・・」

     この医師はウィレミアムに就いて長く、特別にシガキへの医療行為を許されている数少ない人物だった。
     医師として長年働いてきた事もあってか、大体の事は慣れているが、彼でさえこのウィレミアムの社長に触れる事は緊張するものだった。
     ゆっくりではあるが止まらない出血に何度も焦った。貧血状態になってしまわないように血液の補充にも気が抜けない。
     顔の包帯を外し終え、今度は新しい包帯を丁寧に巻いていく。

    「・・・お前の名は、なんだったか・・・?」

    「私は・・・ドレナージです。この会社では、そう呼ばれています。覚えやすいですしね」

     包帯が頭部を覆い、今度は鼻から下を新しい包帯で覆う。既に皮膚には血が滲み始めている。
     ドレナージは指先の感覚を使ってシガキの顔をなぞり、包帯の位置を確認すると、静かに皮膚を覆っていく。
     不満を言う気配もなく、シガキは言った。

    「ドレナージ(排出)か・・・医師は悪いものを取り除くのが得意だからな・・・悪くない名前ではないか・・・」

    「そうですなぁ・・・少し複雑な気もしますが、悪くはないです」

     ふっと、シガキの目元が笑ったようだった。
     ドレナージは指先で感じたシガキの肌の感触や、顔のパーツの形は人間のそれであると理解するのに少しばかりの時間が掛かった。
     指先が唇に触れた時はさすがに焦ってしまい謝罪をしたが、安定状態のシガキは咎める様子もなく、作業を続けさせた。
     寛容な性格を持ち合わせているシガキに対し、ドレナージは少なからず敬意を持っていた。

     時おり、シガキはドレナージの話を聞きたがった。
     なんの変哲もない、ごく普通の男の日常を。家族がいた事、離婚して独り身になった事、初めてこの会社に入った時の事など・・・・
     普通の人生を歩んでいる男の話を、シガキは静かに聞いていた。
     一通り話し終えると、彼はドレナージにお返しをくれるようになった。それは臨時収入だったり自室にある高価な小物だったりと日ごとに変わる。
     さすがに申し訳なく思いドレナージは一度は断るが、二度目は断れなくなってしまう。
     このやり取りは数か月は続いている。


     顔から首までの包帯を取り替え、手の包帯を外している最中だった。
     
    「科学も技術も、作り、支配するのは人間だ。我々が作っているものは、救済と暴力につながる。さらに治療ともなれば・・・よりそれは近いものになる」

     シガキはまだ、窓の外を見つめていた。
     しかしその目は何処か虚ろで、空や町を見ているわけではなかった。
     包帯を替えたドレナージは、静かに答えた。

    「ですが、救済と暴力の積み重ねにより得られるのは、進化です。歴史はそれを証明していますでしょう?」

    「犠牲の上に成り立つ結果は、果たして良いものか・・・・嗚呼、だが・・・『今ならば、曇天の下の地獄さえ宣言できるだろう。電磁波と共にやってくる無法者達には、我々の思考の足元にも及ばぬ』」

    「え・・・・?」

     思わず、ドレナージは手を止めた。
     シガキの顔を見ると、彼の瞳からは黒い涙が一筋流れ落ちていた。
     それを見た瞬間、ドレナージはぞっとした。

    「『奴らは思い知るだろう。無数の蛇達の囁き声によって、世界は変わるのだ』」

     ドレナージは椅子から離れ、距離を取った。
     シガキが俯いたかと思うと、意味不明な言葉を続ける。
     次第に、その足元にできていた影が、ぐにゃりと歪む。

    「嗚呼・・・!こんな時に・・・!」

     ドレナージは部屋の隅まで後ずさり、家具の物陰に隠れる。
     シガキの影から、べちゃりと音を立てながら、何かが這い出てきた。
     それは無数の蛇が塊となり、人型のような形をしているものだった。半分溶けかかっており、腐臭さえもする。
     
     それはシガキ・シロウの能力「夢現」で具現化した「妄想の産物」であった。
     重度の妄想を抱えたシガキは、不安定な精神をしている。
     妄想状態の発作が出ると、能力も自動的に発動し、彼の妄想の一部が現実に出現するのだった。
     これで何人かの社員が傷つけられ、最悪死亡している。
     普段は自室からほとんど出る事がない為、この産物が外の世界に出る事はあまりない。
     だが、ドレナージのようにシガキと直接関わる人間が一番危険に晒されるのだった。

     戦闘能力のないドレナージは、彼が正常に戻るのを待つか、助けが来るまで狭い室内でじっと耐え忍ぶしかないのだ。

    「『闇が見出す光、光が夢みる安息の暗闇・・・終わらぬ夢・・・時の呪い・・・嗚呼、私もいずれはそこへ』」

     蛇に続き、無数の人形の腕が影の中から出現し、波のようにドレナージに押し寄せた。
     ドレナージは思わず短い悲鳴を上げてしまい、あっという間に軋んだマネキンのような人形の腕に捕らえられてしまう。
     シガキの虚ろな目が、ドレナージを捉える。
     ドレナージは死を予感し、ガタガタと震えながらも人形の腕から逃れようと身を動かす。
     
     キィ・・・キィ・・・

     車椅子が動き、ドレナージの目の前までシガキが近づく。
     血の滲んだ包帯に覆われ、黒い涙を流すシガキの顔が近づけられる。その目は恐怖さえ感じる。

    「『お前は・・・いつしか出会った、避難民か。無事だったのか・・・』」

     包帯が巻かれていない手が伸び、ドレナージの顔を軽く掴む。
     恐怖に涙を浮かべながら、ドレナージはじっとしていた。
     人形の腕が、徐々に力を込められていく。骨が軋む。しかし抵抗できない。

    「『お前の夢は、未だ蝶となっているか?』」

    「グッ・・・・わ、私の夢は・・・昼にも夜にも、溶けて、蛹にさえなっていませんよ・・・・」

     それは例えの言葉だった。
     一人の人間として、医師として、患者を助ける使命を一つ多く成し遂げなければならない。
     それがドレナージの夢であり、ほぼ永遠に叶わない夢であった。
     だが、それで良い。だからこそ、「死にたいという願望」が消えてくれる。
     そんな夢を見続けるより、叶う事のない夢を追い続けている方が気が紛れる。



    「・・・・ドレナージか」

     はっきりとした声が聞こえた直後、ドレナージは地面に尻もちをついた。
     見上げると、シガキの虚ろだった瞳に光が見え、彼を見つめていた。
     どうやら正気に戻ったらしい。
     幽霊が消えるように、蛇の塊や人形の腕も消えていた。
     ボタボタと、シガキの包帯がされていない手から血が滴り落ちていた。

    「・・・すまない・・・私はまた・・・」

    「ああ・・・いえ・・・大丈夫です、なんとか・・・」

     ドレナージは立ち上がり、涙を拭う。
     
    「包帯、しなければいけませんね」

    「・・・嗚呼、頼むよ・・・」

     シガキはあえてそう言った。
     ドレナージは消毒液を洗面器に移し、手を洗った。
     新しい包帯はなんとか無事だった。
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