さよなら初恋　長太郎に恋人ができた、らしい。「中等部の鳳くん、最近かっこよくなったよね」「なんか彼女ができたらしいよ」と、クラスの女子が噂していたのを聞いた。
　話が耳に入ってしまった時、ドキっと心臓が天井まで跳ね上がるような感覚がした。嫌だ。すぐにそう思った。なぜそう思ったのかは、わからない。わからないが、机の中のものをカバンの中に詰めて逃げるように教室をでた。
　クーラーの効いた校舎の中だが、なぜか吹き出してくる冷たい汗がじっとりとシャツに張り付いて気持ち悪い。「なんか彼女できたらしいよ」という、クラスの女子の言葉が脳内で反芻する。喉に魚の骨が刺さった時のように、なんだか胸に異物があるような感覚で痛みすら感じる。

しかし先ほどのやりとりを思い出し、一欠片残った理性がユイを留める。
「…や、やっぱりダメです！私、流されてばっかりで…！今日はもう、部屋に戻ります！…お、おやすみなさい！」

逃げるように立ち去るユイを、レイジは呆然とした様子で見つめながら立ち尽くしていた。
「……この状態でお預け、ですか」
自業自得とはいえ、きついものがある。
ユイの方は流されていると感じているようだが、実際に翻弄されているのは己の方だとレイジは再認識させられる。
今一度己の理性が試される時だな、などと考えながら、その日は一晩中悶々とした時間を過ごす羽目になるレイジであった。