しののめ
DOODLE⒋眠る寝台「月光」「首筋」「睫毛」 滑り込みお花見ひめごけ 桜の花びらが落ちていた。それ自体は特筆すべきことではなかったのだけれど、姫鶴一文字は首をかしげずにはいられなかった。
「またあ? なんなんだろ、これ」
淡雪のようなそれを摘み上げ、姫鶴は眉間に皺を寄せた。
「また」というのは。これが彼にとって初めてのことではなかったからだ。最初に見たのは、およそ一年前。たった一度だけだ。そうして季節は巡り、また春が来て、二度三度。今日で四度目だった。
心当たりがないわけではないのだ。むしろあてしかない。脳裏に浮かんだあの一言多い男を振り払わないままで、姫鶴は小さな花弁を懐紙に挟んだ。
◇
後家兼光が、顕現初日から重傷で手入部屋に担ぎ込まれたらしい。そんな噂は当然姫鶴一文字の耳にも入っていた。当時から自身をあまり顧みず、真っ直ぐ突っ込んでいく男で、今ではすっかり手入部屋の常連だ。けれど流石に、初日はすうと血の気が引いたのを覚えている。
2319「またあ? なんなんだろ、これ」
淡雪のようなそれを摘み上げ、姫鶴は眉間に皺を寄せた。
「また」というのは。これが彼にとって初めてのことではなかったからだ。最初に見たのは、およそ一年前。たった一度だけだ。そうして季節は巡り、また春が来て、二度三度。今日で四度目だった。
心当たりがないわけではないのだ。むしろあてしかない。脳裏に浮かんだあの一言多い男を振り払わないままで、姫鶴は小さな花弁を懐紙に挟んだ。
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後家兼光が、顕現初日から重傷で手入部屋に担ぎ込まれたらしい。そんな噂は当然姫鶴一文字の耳にも入っていた。当時から自身をあまり顧みず、真っ直ぐ突っ込んでいく男で、今ではすっかり手入部屋の常連だ。けれど流石に、初日はすうと血の気が引いたのを覚えている。
しののめ
PROGRESS現パロひめごけ2 話はそんなに進んでない とんでもない人についてきてしまった、という直感は、あながち間違いでもなかったらしい。雨夜の燻るような匂いだけが、ここで唯一現実味を帯びていた。
自らの人生には全く馴染みのない、巨大なマンションのエントランスを潜り抜ける。後家兼光は、水を吸って重くなってしまったジャケットを腕にかけ、そのまま手持ち無沙汰に真っ赤な傘の水滴を払っていた。
「そういえば、名前は?」
男は思い出したようにそう聞いてきた。仕事はどーせホストでしょ。そう投げやりな声が聞こえて苦笑する。間違ってはいないけれど、路頭に迷っていた、名も知らないホストを捨て犬感覚で拾うこの男は、一体どういうつもりなのだろうか。こんな深夜に、見知らぬ男にのこのこついてきた自分が言えたことではないけれど。
3126自らの人生には全く馴染みのない、巨大なマンションのエントランスを潜り抜ける。後家兼光は、水を吸って重くなってしまったジャケットを腕にかけ、そのまま手持ち無沙汰に真っ赤な傘の水滴を払っていた。
「そういえば、名前は?」
男は思い出したようにそう聞いてきた。仕事はどーせホストでしょ。そう投げやりな声が聞こえて苦笑する。間違ってはいないけれど、路頭に迷っていた、名も知らないホストを捨て犬感覚で拾うこの男は、一体どういうつもりなのだろうか。こんな深夜に、見知らぬ男にのこのこついてきた自分が言えたことではないけれど。
しののめ
PROGRESS現パロひめごけ カスホストのごちが姫に拾われる話 続くよー 一応の自己弁護をしておくと、「やってしまった」と思わなかったわけではないのだ、多分。
「後家、お前これで飛ばれたの何回目だ」
「うーん……三回目?」
「五回目だ」
「もうそんなだっけ? ボクそういうの覚えてられなくて」
「お前ッ……! はあ……わかった。お前、もう出ていけ」
オーナーから告げられた言葉の意味を理解した頃には、彼——後家兼光は店の外へと放り出されていた。突き飛ばされて思わず尻餅をつく。飛ばれた分はお前がきっちり払えよ、と怒鳴るのが聞こえて、それからすぐに、ああ雨だ、と思った。玻璃の色をした目に、曇った雨空が映り込む。どこへ行こうかと考えて、どこへも行けないことに気がついた。たった今、後家の唯一の居場所だったところは、目の前でなくなってしまったのだから。半分くらいは、ボクのせいかなぁ。店の外装をぼんやりと見つめながら、彼は他人事のようにため息を吐いた。
2387「後家、お前これで飛ばれたの何回目だ」
「うーん……三回目?」
「五回目だ」
「もうそんなだっけ? ボクそういうの覚えてられなくて」
「お前ッ……! はあ……わかった。お前、もう出ていけ」
オーナーから告げられた言葉の意味を理解した頃には、彼——後家兼光は店の外へと放り出されていた。突き飛ばされて思わず尻餅をつく。飛ばれた分はお前がきっちり払えよ、と怒鳴るのが聞こえて、それからすぐに、ああ雨だ、と思った。玻璃の色をした目に、曇った雨空が映り込む。どこへ行こうかと考えて、どこへも行けないことに気がついた。たった今、後家の唯一の居場所だったところは、目の前でなくなってしまったのだから。半分くらいは、ボクのせいかなぁ。店の外装をぼんやりと見つめながら、彼は他人事のようにため息を吐いた。