ざぁざぁと波の音がする。足首に水のヒヤリとした感触がして、ここが【海】なのだと理解する。辺りは暗いのできっと夜なのだろう。と、言っても月も星も視えはしない。
–-こっちに来て。一緒に遊ぼう—
気がつくと目の前に黒いおかっぱの女の子が立っていた。闇を写したような黒い瞳に吸い込まれそうになり、慌てて首を横に振る。
—どうして?—
ひたりと女の子の指が私の右手首に触れる。その温度の低さにゾッとし息をのんだ。女の子はニタリと笑うと、私の腕をどこにそんな力があったのか聞きたくなるような強さで掴み下へ下へと引っ張って行こうとする。いつの間にか女の子は水面に沈んでいて、ゆらゆらとした水面に恨みがましそうな瞳が写っている。足元が揺らいだが、なんとか落ちないように踏ん張った。
「〜っ!」
「やめて」と言えばいいのに、喉に声が貼り付いて言えない。視えない月に助けを求めるように左腕を前に伸ばすとグイと力強く別の何かに引っ張られた。
「カリム‼︎」
聞き慣れた少し低い男性の声だ。いつもと同じ体温に包まれて目を覚ます。やっぱり夢だったのかとは思ったが、それでも安心して彼の胸に頬を擦り寄せるとドキドキといつもより早い鼓動の音が聞こえた。
「っ心臓が止まるかと…!」
「ははは!ジャミルの心臓の音、早いぜ?」
そのままを伝えると頭上からため息が降ってきた。
「…正直に話せ。何の夢を見ていた?」
大きな手が私の頭を撫でる。それが嬉しくて、さっき見た夢のことなんてどうでも良くなる。それに心配性のジャミルだ。夢の話なんてしたら過度に心配してしまうだろう。彼の背中に手を回して「覚えていない」と嘘をつく。
両肩に彼の手が乗り、ジャミルの体がゆっくりと離れていく。
「本当だな?」
「うん。夢見が悪かったみたい」
幼馴染のジャミルはこうして朝起こしに来てくれたり、勉強を見てくれたり、何かと世話を焼いてくれる。隣に住んでいるし、学校も同じだし「ついでだ」と言うことらしい。両親はいないことが多いので、ジャミルの家族にも昔からお世話になっていて彼は同い年だがお兄ちゃんのような存在だ。
彼は私の右腕をマジマジと観察しため息をついた。
「包帯を持ってくるから待っていろ」
右腕に何かあるのかと思い視線を向けると、手首にくっきりと手形がついていた。ジャミルが焦っていた理由はコレだろう。
ベッドから起き上がり周りを見渡す。部屋の中はいつもと変わらない。枕元に置いてあったジャミルからもらったお守りに手を伸ばそうとして息をひゅっと飲む。
「〜〜〜!!!!!!!!」
自分でもよく分からない悲鳴が出た。ジャミルからもらったお守りが刃物でずったずったに切られていたのだ。ジャミルが作ってくれたのに、こんな事になるなんてショックだ。
バタバタと下から階段を駆け上がってくる音が聞こえきて、それにハッと我に返る。
「どうした!?」
バンっと扉が開き焦った様子のジャミルが現れた。驚いてビョンと切り刻まれたお守りを投げてしまう。
「っ‼︎お前!」
「違う!違うんだ!私がやったわけじゃあ…」
私の言い訳など聞かずにジャミルは包帯をその辺に放り投げ捨てると、私の元に駆け寄って来た。彼はそのまま無言でズタズタになったお守りを私の手から取り上げ、私を睨みつける。
—怒らせてしまった—
その事実が怖くて彼から目を逸らした。ジャミルが怒るのは当たり前だ。
「いつからだ?」
彼の質問にがっくりと項垂れた。これはもう隠し通せない。