韋駄天×女夢主 1(女夢主視点)「マスター、頼みがある。俺に魔力供給をしてくれないか?」
入室してきたアキレウスさんは開口一番にそう言った。
魔力、供給……!
魔力供給と云えば、キス、いいや、セッ……!!
ということはつまり、アキレウスさんと、魔力、供給……キス、セッ…………!!?
そんなのダメ! ムリ!!
だって、だって、私はアキレウスさんのことが好きなんだもの!
そう、好きなのだ。
伝承通りの強さと神速で頼りになるのは言わずもがな。それでいて、傲らない、サッパリとした性格でいて、他のサーヴァントや我々人間にも気さくに接してくれる寛容さも持ち合わせている。
それに加えて、長身で格好も良いときた。
そんなアキレウスさんに私は、頼もしいサーヴァントとしての好きを超えて、異性としての恋心を抱いてしまったのだ。
だからこそ、アキレウスさんとキスとかそれ以上をしてはいけない。
私はカルデアの職員兼マスターで、立香ちゃん達より少し歳上で。
立香ちゃん達は素質や偶然が重なったメインマスターではあるけれど、元は一般人なのだから、夏とか冬に遊ぶのは良い。大いにはっちゃけて欲しい。
けれど私は、カルデア職員でもある。立香ちゃん達に遊んでもらう分、私は気を引き締めていないといけない。
アキレウスさんと、魔力供給が名目とはいえ、そんな関係になってしまったら、私はダメになってしまう。
役目を忘れて、アキレウスさんとずっと一緒にいたいとか、そういうどうしようもない泥沼に陥ってしまう予感がする。
だからこそ、普段はアキレウスさんに近すぎ過ぎないように、これ以上好きになってしまわないようにと、予防線を張っている。
それなのに、それなのに!
アキレウスさんの方から超接近してくるなんて!!
「おーい、マスター? 黙り込んで、百面相してどうしたー?」
「ッッダメですーーー!!」
アキレウスさんの声掛けで現実に戻った私は、無我夢中で床を蹴って、壁際まで退避した。キャスター付きのイスで良かった……。
「うおっすごいな、その動き。……ダメ、なのか?」
感心した後で、アキレウスさんは少し眉を垂れてこちらを見てきた。
う……持ち前の弟みを出さないでください! 卑怯な……! いくら弟みを発揮されても私は意思を揺るがす訳にはいかないんです……!
私と契約しているサーヴァントは、アキレウスさんの他にアタランテさん、ケイローンさん。そのためか、アキレウスさんは、頼れる兄貴肌とヤンチャな弟っぽさの両面を持ち合わせている。
そういうところも好きなんですけども! 今は封印していてください!
そこではたと気が付いた。アキレウスさんの求める「魔力供給」の方法は、私が思い描いて苦悩しているものとは違うのかもしれないと。ああもう、一人先走っていた自分の脳内が憎い。
「すっすみませんっ大袈裟な反応して……! ところで、あのっ魔力供給の、その、方法って……」
とは言っても、改めて確認するのはどうしても恥ずかしくて、語尾が弱くなる。ああ、全てにおいて情けなくて穴を掘って入りたい。もう帰りたい。いやここ私の部屋なのだけど。
「ん? ああ……効率良く供給ができるのは、まあそりゃ、所謂深い仲になることだろうが……。マスターはどうも男に免疫なさそうだから、そういうのは苦手だろうし、無理してもらう訳にはいかない。俺の背中に手を宛てて魔力を流してくれるだけで良い」
アキレウスさんは、私の恥じらいをどうも微妙に勘違いしているようだ。いやまあ私なんて端から見たら意味不明に悶えているだけなんだろうけれど。
とはいえ、恋心を見抜かれていないのは不幸中(?)の幸いではあるし、背中に手を添えるくらいなら、できる、はず。
「、魔力供給はマスターの責務です。できる限りやりますっ」
「そうか、じゃ、頼むぜ」
アキレウスさんは背を向けて第一再臨の黒いインナーを脱ぎ、床に座った。
うわあ、凄い、筋肉……格好良い……!
今脱いだ第一再臨時の服は身体のラインが見えるタイプだし、普段も腕や背中の三角形から素肌が見えている。けれど……!
だって、男性の上半身を見るのは……あ、初めてではなかった、そういえば。レオニダスさんとかダレイオスさんとか、際どい格好のサーヴァントはそれなりに居るのだった。
いやでもその、意中の男性の上半身は初めてであって! だから見惚れてしまうし、初めは語彙力のない単語しか思い浮かんでこなかったのだ。
筋肉の載った肩や、項から背筋のラインなどなど――見ていて飽きないというか、目が釘付けになってしまう。
はっまたしても自分の世界に入ってしまっていた。アキレウスさんは静かに待っていてくれているというのに。
アキレウスさんの傍らに膝をつく。逞しい背中に触れるのは緊張するけれど、意を決して腕を伸ばす。
触れた背中の温かさに心臓が早鐘を打つものの、魔力を注ぎ込むイメージを頭に思い描く。
……あれ?
「魔力供給はできているけど、パスは広がっていない、ような」
「……だな」
これは、どうしたことか。集中力が足りていない、私のマスターとしての力不足と云えばそれまでだけれども……。
悩んだ末に上着を脱ぎ出すと、衣擦れの音でアキレウスさんに気付かれてしまった。
「、おい、マスター、無茶するな……!」
「私だってマスターですっ魔力供給ぐらいできなきゃ……! っ、振り向かないで、ください、ね」
上着とインナーを脱ぎ捨てて、上半身を下着一枚になる。
何故か、私の令呪は胸元に刻まれているのだ。
何だか恥ずかしいことこの上ない箇所である。胸が大きいなら様になるかもしれないけれど、残念ながら差程の大きさはない。マシュや立香ちゃんが羨ましい……なんてことはないんだから……。
令呪をアキレウスさんの背中に押し宛てるように、まかり間違っても胸を押し付けたりなんてしないように、にじり寄る。
――大丈夫、今度はちゃんと魔力を流せているし、パスも少しは広がっている、はず。
……て、あれ、どれぐらいの時間やれば良いのだろうか。
最初は魔力を流すことに集中していたけれど、ふと我に返ると羞恥で全身が赤く熱く汗だくになっていく感覚に襲われてしまって。
「っ、」
羞恥で軽くパニックになった私は、耐えきれず身体を離してしまった。アキレウスさんの熱が離れてほっとすると同時に、もう少し触れて感じていたかったと、ほんの少しの後悔も抱く。ああもう、しっかりしろ自分……!
「――ん、しっかり魔力補填されたぜ。ありがとうな、マスター」
腕をぐるぐる回して伸びをしたアキレウスさんが、感謝の言葉を投げ掛けながらこちらを振り向いて――――
「ッッッッ、ダメー!! ですっ、振り向かないでっ、ください!!!」
「ぶっ、は」
私は無我夢中で、床を探った手に触れた布を、端正な顔目掛けて投げ付けていた。
「……すまん、振り向いちゃいけないんだったな」
向こうに向き直ったアキレウスさんは、顔に張り付いた自分のインナーを剥がしながら反省の弁を述べた。
「ナイス危機回避能力だ。……絶対振り向かないから、今のうちに服着てくれ」
「っすみませんすみません服投げ付けてしかもアキレウスさんの服をっ」
「謝るのは俺の方だから、な、マスターは服を着てくれ」
大英雄に私は何てことをしてしまったのだ……!! 反省するのは私の方だ。
とはいえ、アキレウスさんの声音は、反省のそれから私を宥めるものに変化していた。私は急いで服を直して、着ましたと報告する。
アキレウスさんも私も立ち上がり、向き合う。ひえ、さっきの我ながら大胆な行為――いやマスターの責務なのだけど!――が思い出されて直視できない。
「ん、改めて、ありがとうな、マスター。男が苦手だろうに、良く頑張ってくれた」
「いえいえっ、私マスターですからっ、当然の――」
ぽす、と。頭にアキレウスさんの手が載せられたかと思えば、撫で回された。
ひえ、ひえええええ!?
恥ずかしい恥ずかしい! 私子供じゃないのに頭撫でられてる!
恥ずかしさで爆発しそう! 逃げてしまいたい!
でも、密かに好意を抱いている方に頭を撫でて貰えているから、嬉しい……。むざむざ自分から逃げるなんて(さっき背中からは逃げたけれど)勿体ないことはできない。
「っと、悪い……男に触られるのは苦手だよな。」
「いっいいえ! その、えっと……うれし、かった、です……」
私ってばもじもじしちゃうし、何恥ずかしいこと言ってるの! 語尾弱くなっていってたし!
アキレウスさんがぱっと手を離してしまったのは残念だった。
茹で蛸のような私に、アキレウスさんは苦笑して、これぐらいでお暇しておくか、と踵を返した。ドアまで行ったところで、こちらを振り返る。
「、あーその、なんだ、こう言うとマスターは嫌に思うかもしれないが……。マスターって、普段俺とは距離を取っているようだっただろ? 今日こうしてサシで向かい合えて良かったし、……その、な、赤くなったり青くなったり感情が忙しないマスターってのも初めて見たが、俺は今日のマスター好きだぜ」
すすすすすすすす好き!????
アキレウスさんは今好きと言った!?
いや待って、この好きがそういう意味じゃないってことくらい分かってるから!
そうこうしている間に、アキレウスさんは「ありがとな、魔力。パスもちゃんと広がった感覚あるぜ。明日からの俺にも期待してくれ」と、ひらひらと手を振って立ち去って行ってしまった。
私はマイルームにぽつんと一人、まだアキレウスさんの大きな掌の感触が残っているかもしれない頭頂に手を宛てるのだった。