韋駄天×女夢主 1(アキレウス視点)「マスター、頼みがある。俺に魔力供給をしてくれないか?」
マスターの部屋に入室させてもらうなり、俺は直球で用件を告げた。
「――――!!」
告げた……のだが。マスターは俺の方を見たまま、口をあんぐりと開けてフリーズしていた。ついでに、そのままの姿勢で顔を赤くさせたり青くさせたりしている。器用だな……?
「おーい、マスター? 黙り込んで、百面相してどうしたー?」
「ッッダメです――ー!!」
いつまでも眺めていたい気もする面白さだったが、いかんいかん話が進まんと、マスターに近付いて声を掛けてみる。
と、現実に戻ったマスターは、無我夢中といった様子で床を蹴り、壁際まで退避していった。キャスター付きのイスで高速移動――まあ俺の足には劣るが。とはいえ突然のことだったので、俺は驚き立ち竦んだのだった。
「うおっすごいな、その動き。……ダメ、なのか?」
マスターとキャスター付きイスの動きに感心しつつ、それでも、断られたことに少なからずショックを感じる。
まあそうだよな……魔力供給の効率を上げたりパスを広げたりするのなんて、詰まるところは肌の触れあいになるんだし。マスターのさっきの反応を見た限り、そういうの苦手みたいだし。
またしてもフリーズしていたマスターだったが、初めよりは早めに復帰してあたふたと言葉を紡いだ。
「すっすみませんっ大袈裟な反応して……! ところで、あのっ魔力供給の、その、方法って……」
「ん? ああ……効率良く供給ができるのは、まあそりゃ、所謂深い仲になることだろうが……。マスターはどうも男に免疫なさそうだから、そういうのは苦手だろうし、無理してもらう訳にはいかない。俺の背中に手を宛てて魔力を流してくれるだけで良い」
「、魔力供給はマスターの責務です。できる限りやりますっ」
マスターは逡巡はしたが、魔力供給自体には同意してくれた。ありがたい。それでこそ我がマスターだ。
「そうか、じゃ、頼むぜ」
マスターが異性を苦手とするなら、と背を向けてインナーを脱ぎ、床に座る。
背後で、マスターの息を飲む気配がした。やはり男の裸は、上半身とはいえ見慣れないだろうか。まあ、マスターの決意が固まるまで待つさ。
少しの後に、マスターの手の平が背中に触れ、魔力が注ぎ込まれていく――
……ん?
「魔力供給はできているけど、パスは広がっていない、ような」
「……だな」
これは、どうしたことか……。
マスターと俺の相性が悪いのだろうか。いやだが、これ以上の接触を頼む訳にもいかんだろう。
と悩んでいると、衣擦れの音を耳が拾い、マスターが服を脱いでいることを知る。
「、おい、マスター、無茶するな……!」
「私だってマスターですっ魔力供給ぐらいできなきゃ……! っ、振り向かないで、ください、ね」
マスターの声音は少し震えているが、緊張だけではなく、マスターとしての矜持も思わされて。マスターを全うしようとする姿勢を見せられては、これ以上止める気にはなれなかった。
程無くして、マスターの肌が再び背に触れる。今度は恐らく、マスターの胸元だろう。以前、令呪がそこに宿っていると聞いたことがある。令呪ごしの方が魔力の流れが良いと踏んだのだろう。
ん、さっきよりも供給される魔力量が多いし、パスと云う名の繋がりが深くなるような感覚もある。
「――ん、しっかり魔力補填されたぜ。ありがとうな、マスター」
マスターの身体が離れた後、腕を回したり伸びをしたりして感触を確かめる。感謝を述べた流れで――俺は、自然と振り返ってしまった。
「ッッッッ、ダメー!! ですっ、振り向かないでっ、ください!!!」
「ぶっ、は」
そうだった。マスターは衣服を脱いでいたのだ……。
「……すまん、振り向いちゃいけないんだったな」
前に向き直り、マスターに投げ付けられた己のインナーを顔から剥がしながら、俺は反省の弁を述べた。
「ナイス危機回避能力だ。……絶対振り向かないから、今のうちに服着てくれ」
「っすみませんすみません服投げ付けてしかもアキレウスさんの服をっ」
「謝るのは俺の方だから、な、マスターは服を着てくれ」
今のは全面的に俺が悪かったというのに、あまつさえ、マスターをパニックに陥らせてしまうとは。
そういえば、俺は思ったことを素直に発言したり行動したりすることが玉に瑕であると、ケイローン先生に諭されたことがあった。
今のもそれに該当するのだろうかと反省しつつ、慣れない言葉でどうにかマスターを宥める。
少し待てばマスターも平静を取り戻したのか、再び慌ただしげに衣擦れの音がした。ひとまず安心した俺もインナーを着直す。
改めて、といった様子で、俺達は立ち上がり、向き合う。
「ん、改めて、ありがとうな、マスター。男が苦手だろうに、良く頑張ってくれた」
「いえいえっ、私マスターですからっ、当然の――」
未だしどろもどろ感のあるマスターが面白く、自分でも気付かないうちに、頭一つ分以上は低いその頭頂部に手を置いて撫で回していた。
「っと、悪い……男に触られるのは苦手だよな。」
固まっているマスターに気付き、慌てて手を離す。頭頂部を中心にくしゃくしゃにしてしまい、女性の髪を乱してしまったのもまた良く無い行いだったと反省の念が募る。
だと云うのに、マスターときたら、
「いっいいえ! その、えっと……うれし、かった、です……」
そんな言葉を、上目遣いかつ赤らんだ顔で言うのだ。
その、少し潤んだ瞳に映る俺は――マスターにとっての俺とは、もしや……と思わされて。
いや、ここでその疑問を口にするのはさすがに良くないだろうと己を制して、俺は踵を返した。
だが、これくらいは言っても許されるだろうかと思い付き、ドアまで辿り着いたところでマスターを振り返る。マスターはまだ立ち竦んでいた。
「、あーその、なんだ、こう言うとマスターは嫌に思うかもしれないが……。マスターって、普段俺とは距離を取っているようだっただろ? 今日こうしてサシで向かい合えて良かったし、……その、な、赤くなったり青くなったり感情が忙しないマスターってのも初めて見たが、俺は今日のマスター好きだぜ」
うん、言いたいことをある程度伝えられて満足だ。マスターとのコミュニケーションは大事だからな。
さて、マスターはまだ茹で蛸状態で棒立ちだったが、これ以上の長居は本当に良くないだろう。
「ありがとな、魔力。パスもちゃんと広がった感覚あるぜ。明日からの俺にも期待してくれ」
自室へと戻る俺の足取りは軽く、明日からも続く戦闘の日々へのやる気に満ち満ちていた。