アキレウス×女夢主 マスターになった日のおはなし「マスターをやってみないか」と、かつて問われたことはある。
マスター適性はなきにしもあらずだったけれど、私はスタッフであり続けることを選んだ。へっぽこ魔術師でしかない、引っ込み思案な私が、マスターなんて大それた役割を担うことはできないと、勇気が出なかったのだ。
――――そうこうしている内に、皆の最初のレイシフトの時に、爆破事故が起こった。
私は難を逃れられて良かった――なんて不謹慎なことは決して言えない。
胆が冷えたのは真実だ。ドクターの指揮によって、自分の仕事と、欠員が出た部署のカバーに辛うじて奔走できた程度に過ぎない。
あの時からずっと、立香ちゃん達にばかり頑張って貰っている。申し訳ない限りだ。
そして、人員の減少、施設の破壊、様々なゴタゴタと磨耗した精神がやっと落ち着いてきた今。改めて、補助のマスターをやらないかと問われたのである。
いやスタッフとしての職務は増えてますけどお……内心ではツッコミしつつ、立香ちゃん達の事を思うとそうも言っていられない。彼女達の負担が軽減できるのなら……!
ああ、とはいえ果たして私の召喚に応じてくれるサーヴァントはいるのだろうか。そんな身勝手な心配ばかりしてしまう。
私には立香ちゃん達のような純粋さがない、という気がしてならない。ただ、目の前の仕事を比較的真面目にこなしているだけ……目先の事をこなさなければ人理が崩壊してしまう処に来ているからだけれど。
うう、くどくどしていても仕方がない。というか、召喚予定日時は来てしまった。
我が身が持つ僅かな魔力回路を循環させ、召喚詠唱を唱えていく。緊張で全てがガチガチなのだけど……。
召喚陣に現れたのは、お姉さんだった。まずは、召喚が出来たことにほっと胸を撫でおろす私だった。
彼女はアーチャー、アタランテと名乗った。固い言葉遣いながら、コミュニケーションを取りやすそうなひとを召喚できたことに、少なからず安心する。
アタランテさんといえば、アルゴノーツの一員で弓の名手、だったかと。ケモノ耳?なのは――あ……彼女の逸話を思い出し、私は口を噤んだ。
「まだいけるかな?」
「はいっ」
逸る魔力回路を落ち着かせ、続いてもう一騎を召喚する。二度目はより落ち着いて詠唱できた。
今度はガッシリとした体格の男性が現れ、ケイローン、と名乗った。理知的な声は大人らしい、優しくも頼もしい印象だ。
ケイローン、ケンタウロス……アルゴノーツの船長たるイアソン達の師匠、だっただろうか。
二騎共にアーチャーかつ、互いに近しい由来を持つ英霊である。思い付かないけれど、私は何か、そういう方向?土地?に縁があるのだろうか。
まだ魔力はいける?と外から声を掛けられた。
「いけます……!」
久し振りに魔力を沢山消費して身体が驚いている。けれど、まだ、いける。
アタランテさんとケイローンさんは私の後ろへと移動していた。頼もしい気配――否、ある種のプレッシャーが私を襲う。
きっと、次の召喚が最後だ。私の召喚したサーヴァントはカルデアの魔力源とも接続するが、メインの供給源は私の魔力になる。いやまあ、今の時点でも2人から魔力を吸い上げられまくったら空っぽになりますけど。
ともあれ、私は呼吸を整え、身体の深い処からも魔力を押し出すように意識した。
「――――天秤の守り手よ――!」
――光、そして風。
召喚陣を起点にして、室内にこれ以上ない程に光が満ちていく。
光と風が収束した先に立っていたのは、ケイローンさんとはまた違う、精悍な印象の青年だった。
彼から伝わる魔力量なのか、覇気なのかは桁違いに高い。戦士なのだろう、とはすぐに分かった。軽装ながら、重厚感のある胸当てをしている。
彼の瞳が此方を向いた途端、ゾク、と肌が粟立った。
殺意はない、はず。ステータスは彼をライダーと示している。バーサーカーではないのだ。
それなのに身体が震えるのは、やはり彼の覇気のせいだろうか。
駄目、私は彼のマスターじゃない。心身を叱咤して、内心は恐る恐るで、彼を見据える。
「――アンタが、俺のマスターか」
声すら大気を震わせてくる。
「は、い――」
彼のやや固い声音に、私が返す声は緊張で掠れる。
「良いサーヴァントを引き当てたな。なーに、緊張するなよ。取って喰ったりしねぇよ」
――え?
彼はニッと不敵な笑みを浮かべ、声音も悪戯っぽいものに変わった。
待って、こっちが彼の本来の気質ということ?
「おや、誰かと思えば我が弟子ではないですか」
「うげっ先生……!?」
不敵な笑みは一気に崩れて、顔を歪ませた。それでも精悍さは失われないところがイケメン、凄い……。
――じゃなくて、落ち着け、私。ケイローンさんのお弟子さん……心当たりのある英雄のお名前を思い浮かべていると。
「あー、俺はアキレウス、だ。宜しくな、マスター。……にしてもマジかよ、先生も召喚されてるとか……同じマスターなのか……」
アキレウス!!さん!!!!
アキレス腱の由来として有名過ぎる、トロイア戦争で活躍した、駿足の大英雄――!!
「こら、マスターとの初対面で何という発言ですか――」
「あ、あのっよろしくお願い致しますっ」
マズい、このままではケイローンさんとアキレウスさん2人で話し続けてしまいそう!と焦った私は、何とか割って入り挨拶をした。
「皆さんも、改めてよろしくお願い致します。頼りないマスターで申し訳ありませんが……」
「此方こそ、宜しくお願いします。人理の危機やカルデアといった状況は召喚時の情報で理解できました」
「ああ。私に出来得る限りの力を貸そう。……何処かで見知った者ばかりのようだがな」
「って、誰かと思えば姐さんじゃねぇか。宜しくな」
「あれ、皆さんお知り合い……?」
出身地域の偏りは偶然なのだろうか……。
というかヤバい、輪が既に出来ている感が半端ない。
私は昔からこういう輪に入るのは苦手だ。一人で良いやと選んで生きてきたきらいがある…ので……。
「ああ、マスターを困らせてしまいましたね。我等はとある聖杯大戦で召喚されたのです。その時は私は2人とは敵でしたが。それについてはまたおいおい話しましょうか」
「そう、だったんですね……」
二の足を踏む私に、ケイローンさんが助け船を出して下さる。うう、初っぱなから気を遣わせてしまった……。
「気にするな、マスター。我等にとっては座の膨大な記録の一部に過ぎない」
「は、はい……」
そう言われてしまっては、これ以上気にする素振りを見せてはいけない。皆さんの間柄に慣れるまで、皆さんと馴染むまで、私は場数を踏んでいくしかないということだ。
「此処には多くの英霊が集っているんだろ? ならまあ俺達からすれば見知った面々も多いだろうし、気にするな」
「はい……」
皆サバサバしているのかな……? サーヴァントだけに……。
でもまあ確かに、様々な聖杯戦争で喚ばれているのなら、今更というか、そんな気持ちなのかもしれない。
「ん? しゃちこばってどうしたんだ?」
「緊張しているのでしょう。アキレウス、貴方はもっと女性への気遣いをですね……」
お2人は本当に気安い師弟関係なのだろう、永遠に話し続けていそうである。
それにしても系統の違うイケメン……2人共イケメンが過ぎる……
「すまないな、マスター。こんな男達で……」
溜め息を吐くアタランテさんは、女性だけど格好良い。
今までに様々な英霊を見て来ているけれど、私のサーヴァント3名は大人っぽく格好良い系で揃っているようだ。
――なんて呑気な事を考えていないで、しっかりマスターを務めなくては。
別室に移り、皆さんに種火を食べて頂き、スキルレベルも素材の許す限り上げていく。
「っし、ありがとさん。どんな敵も俺に任せとけ」
「そう逸っていると痛い目を見ますよ。我々はチームなのですから……貴方が前衛、私達が後衛というところでしょうね」
「ケイローンよ、汝は接近戦が出来よう? 私は弓兵に特化している故、守りは不得手だ」
「では、マスターの守護も私が担いましょう。マスター、貴女の使用魔術を私達も知っておかなければなりません」
「はっはい、えっと、私は一応魔術師ですけど、実戦とかは――」
突然会話の輪に呼ばれて、あたふたと返答する。
名だたる英霊達との会話。ましてやこれから共に戦っていくことを前提とした情報のやり取りである。
緊張が一周どころか数周して、思考が停止している気がする。まともな事を喋れているのか怪しい。記憶残らないかもしれない……。
さて、このチームでの基本的な戦闘スタイルが(主にケイローンさんによって)まとめられた。それからカルデアを一通り案内し、皆さんそれぞれのマイルームを宛がい、解散、となった。
このまま食堂とかに集って親交を深めた方が良いのだろうけれど。皆さんも自由時間が欲しいだろうし、正直私も緊張しっぱなしの心を休ませたい……。
自室へ戻り(私の自室の場所も皆さんに知らせておいた)、椅子に座って――まだ心臓がドクドク跳ねている。
いけないいけない、レポートを書かなければ。今まではスタッフとしての物だったけれど、これからはマスターとしてもレポートを書いて提出しなければならなくなる。
ノートパソコンの電源を入れ、その間に紅茶を淹れてくる。
今日の出来事を、始めから順を追って思い出し文章に仕上げていく。普段の作業日誌とさして変わらない――と、レポートを書く手が止まる。
アキレウスさんの、ニッとした笑い方が、自然と頭に浮かび、思考がそこで固定されてしまう。軽やかでいて、自信や不敵さに溢れていた。それはきっと、誇りに裏打ちされているからで。
全てが私に無いものだったからか。
精悍な彼の笑みが、男らしい格好良さという点でも完璧だったからか。
不思議なのだ。格好良い外見を持っていたり、雄々しい様子の英霊は、既にたくさん見ているのに。
――そんな格好良いひとが、カルデア召喚式を用いているとはいえ、私のサーヴァントとして召喚に応じてくれたから、か。
――――私の、サーヴァント。
どうにもこうにもアキレウスさんの笑みが印象に残って、脳裏で何度も反芻してしまって、仕方がなかった。
ああ、私はこの時から彼に淡い恋心を抱いていたのだ。
とてもとても立派なひとが私のサーヴァントだなんて、剰えそのひとに恋心を抱いてしまうだなんて、なんておこがましい。
だから、この気持ちは私の胸の奥底に埋めて、絶対にバレないように、成長させたりしないように。そうしなくてはいけないと、決めた、のに――――――――