貴方を、「幽霊」にしないために。「……どうだ、類?いけそうか?」
「うん、なんとか。でも流石に暗いからね。今日できるのはここまでかな」
「そうか。……汗、かなりかいてるぞ」
工具を置いて振り返る類の額には汗が浮かんでいる。
それを傍に置いてあって類のタオルで拭いてやりながら、例の機材を横目で見た。
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例の作戦から始まった、全てのキャストが参加する一大ショー。
しかしながら、様々な小道具が用意される上、沢山の参加者が必要なそのショーは、連日やれるものではない。
そこで、各々のステージで、夜限定のショーを行う。
特に屋外ステージでは、通常の公演ではできること・できないことが明確のため、あえて公演内容自体が違うものをやるのがいいのではないか。
それが、えむのお兄さんからの提案だった。
それは勿論、ワンダーランズ×ショウタイムも当てはまるということで。
数日ほど講演内容を議論した結果、夏にちなんでホラーをやる運びとなった。
しかし、前にやったハロウィンの時の講演とはまた違い、お化けというより幽霊をテーマとしたものだ。
恋人を亡くしてしまった気弱な主人公はある日、死んだ人に会うことができるという噂の山の噂を耳にする。
ところが、そこは会いたい人だけじゃなく、怨霊が沢山住まう山だった。
主人公は偶然にも手に入れた幽霊を追い払う懐中電灯を武器に進み、時折現れる優しい幽霊に導かれ。
彼は無事、恋人の元に向かうことができるのか。そして、その先で待つ、彼の運命とは。
そんな、ハッピーエンドではあるけれど、少し物悲しい。そんなお話だ。
怨霊に襲われるシーンでは、オレの演技も然ることながら、懐中電灯による明かり。
スポットライトによる視線誘導。それを利用した、複数の怨霊ロボットの襲撃。
そして何より一番の目玉は、ドローンを用いた霧の散布と、風による幽霊の攻撃演出。
霧と観客の汗を利用し冷風を一度にかけることで、ゾクリとする怨霊の攻撃を再現する、というものだ。
今日はその確認のためにえむと寧々に観客として見てもらったが、2人揃って顔色で悪くしてしまうくらいには怖かったらしい。
演出も都合も相まって既に外は暗い。怖がらせてしまったお詫びも兼ねて、寧々とえむは着ぐるみの送りで先に帰ってもらった。
少しだけ2人には悪いことをしてしまった気がするから、今度たい焼きとグレープフルーツゼリーを奢ろう。
そんなことを相談しながら、類とオレは片付けや機材の調整をしていた。
「さて、そろそろ帰るか。流石にここまで遅くなると後で色々言われそうだ」
「そうだね」
2人揃って更衣室に向かい、着替え始める。
そんな中、類は「そういえば、」と声をかけてきた。
「なんだ?」
「司くんは、幽霊とかは信じるのかい?」
「まあ、そうだな」
頷きながら返すと、類はちょっとポカンとした様子で此方を見てきた。
「……意外だね。いるわけないだろう!?とかって返ってくるのかと思ったよ」
「そういう類はどうなんだ」
「科学的にいるわけない、と言いたいとこだけどね。科学でも解明できないようなセカイがここにある訳だし、いるかもしれない、くらいかな」
「ああ、なるほどな」
言われてみれば、確かに類はたまにセカイに出向いてはそういった「現実ではありえないこと」を追求しようとしてるみたいだし。
そう言われば納得だ。
「司くんはどうなんだい?」
「ん?俺か?」
「司くんも信じてる理由があるのかい?」
「あー……まあ、これはえむや寧々のは内緒にしてほしいんだが」
そういうオレに、類は首を傾げながら無言で話を聞いてくれた。
「案外夜の病院は『そういうもの』が出るものでな」
「…………あー。もしかして、咲希くんの付き添いで、かい?」
「まあ、そういうことだ。結構色々あったんだぞ?例えば……」
なんて話をしながらも着替えは順調に進み。
更衣室に鍵をかけて、歩きながらも話を続ける。
「……あと、なんだかんだ看護婦さんも慣れてて、色々教えてくれたんだ。
お盆の時期は自然とその手のことが起こらなくなるとか、未練が残りそうな死に方するとよく出るとか」
「ああ、未練があって成仏できないとかって、よく聞くよねえ」
「実際あるそうでな。色んな理由で未練が残るから、未練が残るような思いはしないでくださいねとよく言われたものだ」
「残るような思いはしないでくださいね、ねえ……」
「……おい、何故オレを見る」
そう言いながら、類は何故か此方を見てくる。
いたたまれなくなり、思わずじとりと見ると類はくすくすと笑いながら言った。
「司くんのいつも真っ直ぐな言葉はそれに影響されてのことなのかなって」
「真っ直ぐかどうかはわかってないが、まあそうかもしれんな」
「なら、僕もそれに倣って、未練が残らないようにしようかな?」
す、と類の手が、オレの頬に振れる。
その目があまりにも甘くて、オレの頬が熱くなるのを感じた。
「る、るるるる類!?」
「あのね、司くん。僕は…………」
未練が残るような思いをしたくない。なんて話をした後なのに、しっかり向き合って考えなければいけない想いを類から告げられ。
返事を一日考え続けた結果、知恵熱を出して休んでしまったのは、次の日の話だ。