「気が合うね。僕も今、そう思ったよ。」デパートに並ぶそれらを、見ては違う、見ては違うと歩き回る。
いつしか急ぎ足になっていたことに気づき、邪魔にならない端によって、息を整える。
スマホで時間を確認すると、物色し始めてかれこれ1時間以上は経っていた。
まあ、大型デパートだからまだまだ全体を見切れてはいないのだが。
……スマホのカレンダーに書かれたマークを見て、気合を入れ直し、また歩き出す。
誰の力も借りない。これは僕がやらないといけないから。
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いつもと変わらない日常の筈だった。
何時も通り実験をして、先生に司くんと一緒に怒られて。
お昼を屋上で食べて、それでからショーの話し合いをして。
ワンダーステージで練習して、ショーをして。
……そんな日常を変えてしまったのは。間違いなく、僕だった。
いつもと変わらない日常。
そんな日常が、数日前から少しだけ変わったのに気づいたのは、数週間前のことだった。
司くんが、女の子と楽しそうに話すようになった。
実験もお昼も、ワンダーステージへ向かうのも、何も変わりない。
ただ、僕が司くんを見つける度、声をかける度。
そこに、いつも同じ女の子がいるようになったのだ。
女の子と話す司くんは、とても楽しそうで。
女の子も、司くんに満面の笑みを向けていて。
僕はなんだか、胸がちくちくするような、なんだか不快な、そんな感覚に見舞われていた。
その感覚がわからないまま、不快な思いだけが、積もっていって。
そして、積もりに積もったそれは、数日前に爆発してしまった。
これも、よくある光景だった。
演出の案の話し合いでヒートアップしてしまい、司くんと喧嘩になってしまった。
お互いにこっちの方がいい、いやでもこっちはこんなデメリットが、とお互い一歩も譲らない。
「……今日はとことん合わんな」
「本当にねえ。……折れる気はないのかな?」
「全くないな。そっちこそ、たまにはオレに合わせてくれたっていいんだぞ?」
「僕がしっかり納得できない内容じゃお断りだね」
「ぐぬぬ……、仕方ない。それなら……」
そんな時に、ぽろりと、言ってしまったんだ。
「彼女なら、話が合うんだろうね」
「……彼女?」
無意識だったから思わず口を手で抑えてしまったけれど。
言ったからには仕方ない、とため息をついて、口を開いた。
「彼女だよ。最近君とよく話している」
「よく話している……?」
「おや、心当たりがないのかい?」
「全くないな」
司くんの返答に、モヤモヤは積もるだけだった。
司くんが気づいていないだけで、猛アタックしているのかもしれない。懐柔しようとしてるのかもしれないのに。
「なら、いい」
その声を聞いた司くんは、こっちを向いて目を見開いた。
僕自身も、こんな声出せるんだなと、他人事のように思えた。
こんな、感情の乗っていない、冷たい声を。
「お、おい類」
「すまない、今日は解散しよう。お互いヒートアップしていたし、、一旦頭を冷やそう」
「類!」
「来るな!!!!」
「……っ」
思わず怒鳴るように出てしまった声に、司くんがびくりと震えるのがわかる。
でも、それを謝れるほどの余裕は、僕にはなかった。
「……すまない」
声を絞り出して、駆け足で家へと向かう。
司くんは、追ってはこなかった。
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一晩経って。
頭が冷えて、あの日言ってしまったことを謝ろうとしたけれど。
司くんは僕を避けるようになった。
僕が声をかけようとした時には大概いなくて、いても別の用事があるからと断ってしまう。
……僕を嫌っているのではない。
そこは、明らかに付き合いがなくなったことを心配した寧々が、司くんに聞いてきてくれた。
司くんは、本当に僕が怒っている理由がわかっていなかった。
具体的には、僕が何かに嫉妬しているであろうことはわかっているけれど、言われている人が誰なのか、そこがわかっていなかった。
それから、僕が謝ろうとしていることは何となく伝わったけれど、僕が怒った要因がわからないと、それはちゃんとした謝罪にはならない、と。
「ちゃんと類と対等でいたいから。だからちゃんと、自分で気づきたい。それでから謝りたいし、類からも謝罪を受けたい。」
そう言っていたと、寧々は教えてくれた。
そう言われると、僕は何もできなくて。
僕の日常にはいつも司くんがいたから、どこか寒く感じていた。
ワンダーステージでの練習は、何時も通りだったけれど。
事務的な会話以外、お互いに起こそうとしていない点は、寧々だけでなくえむくんも心配していた。
でも、僕の言い分も司くんの言い分もわかる2人は何もできず、ただお互いに空気が壊れないよう、一生懸命4人での会話を続けていってくれた。
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そんな事態が動き出したのは、ある日届いた、司くんの連絡だった。
『やっと、類が言っていたことがわかった』
『時間をかけてしまってすまない』
『よかったら謝罪も兼ねて、劇を見に行かないか?日付は--』
その文字に、ふ、と息が漏れる。
司くんが気づいてくれてよかった、とも思った。
司くんが、対等でいようとしてくれて嬉しい、とも思った。
……なんだかんだ、僕の感情で振り回してしまったな、とも思った。
日付は数日後。まだ時間はある。
コートとスマホ、財布を手に、すぐさま外に出た。
僕だって、君には謝りたいから。
せめて、一緒に何かを送りたい。
こうして、午後から作業の時間をまるまる使って散策し。
漸く見つかった時には、もう外は暗くなっていた。
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「……司くん!?ちょっと早くないかい!?」
「いや、類こそ!待ち合わせまであと一時間はあるが!?」
迎えた当日。
謝るために早めについて頭を冷やしておこうかなと考えていたのに、司くんはもう着いていた。
鼻の頭がそこまで赤くなっていないところから察するに、司くんも着いたばかりなのだろう。
司くんは司くんでちょっと慌てていた。
「あー、まだちょっと心の準備が出来てないが……。まあいい。」
「類。不安にさせてしまって、本当にすまなかった」
きっちりと頭を下げる司くんに、僕は思わず慌ててしまった。
「つ、司くん顔をあげて。僕こそ、当たってしまってすまなかった」
「いや、だが、オレが元々の要因だろう?」
「とはいっても、僕がちゃんと相談すればよかったから……」
お互い譲らない攻防に、言い合いが止まってしまい、思わず吹き出してしまった。
それは、司くんも同じだったみたいで。
「……ふはっ。お互い似たようなことしかいってないな」
「ふ、ふふっ。そうだね。今回は両成敗ということでいこうか……そういえば、結局理由はなんだったんだい?」
「ああ、それは……実は、これに関係しているんだ」
そう言って、取り出したのは。
「……あれ、映画のチケット……?劇じゃない、のかい?」
「ああ。本当は観劇するのも考えていたんだが。まあこれも観劇になるがな。
……実は前々から、この2.5次元と言われるゲームを舞台化したものが気になっていてな。短い期間ではあるんだが、数年前にやった舞台を、映画館で放映してくれるらしいんだ」
「それが、これ?」
「ああ!……多分だが、類が話していたのは、その情報をくれた子だな。ゲーム自体もプレイしているファンで、キャラの考察から舞台内容、はたまたDVDも貸してくれたんだ。ちなみに映画の内容は舞台内容の再編集版で、DVDとも違うらしい!」
「なるほど。……だからか」
司くんの手にはDVDだけでなく、かなり使い込まれたノートもある。
きっと、教えてもらった内容を書き込んだんだ。
彼女にとっては、自分の好きなものを布教できるから嬉しい。
司くんにとっては、舞台をより楽しめる情報が手に入って嬉しい。
だから意気投合していたのだろう。
「まあ、布教してもらったからとはいえ、流石に熱中しすぎてしまったのは申し訳ない。」
「そうだね。……あとで、寧々達にも謝りにいこうか」
「そうだな。巻き込んでしまったし。……そうだ」
ハッと何かに気づき、鞄を漁り出す司くんに、僕は首を傾げた。
「?司くん、どうしたんだい?」
「まあちょっと待て。……あった!」
ごそり、と取り出されたのは、大きめの包みだった。
何となく見覚えのあるそれに、思わず目を見開いてしまった。
「え」
「類、嫌な思いをさせてしまってすまなかった。……よかったら、受け取って欲しい」
へにゃり、と苦笑しながら差し出された、それ。
僕はそれを受け取る前に、ごそごそと鞄を漁った。
「……???類?」
「……全く。考えることは、一緒なんだね」
僕が取り出した包みを見て、司くんも目を見開いた。
それもその筈だろう。
お互いに取り出したのは、柄も大きさも、全く同じ大きさだったのだから。
「……もしかして、類もか?」
「そういう司くんこそ。……答え合わせ、してみようか」
「っ、ああ!」
お互いに包みを交換して、その場で開く。
中に入っていたものは、想定していた通りのものだった。
色んな柄がある、マフラー専門のお店。
僕がもらった包みからは、薄い紫と濃い紫がメインに使われたチェック柄で、アクセントで黄色い線が入っているマフラー。
司くんに渡した包みからは、黄色をメインに、紫の線が使われたチェック柄のマフラーが入っていた。
「……なんだ。考えていることも同じだね」
「チェック柄も違うが、なんだかペアルックみたいだな!」
「ふふ、そうだね」
お互いに笑い合いながら、買ったばかりのマフラーをつけてあげる。
顔を埋め、おろしたて特有の香りを堪能していると、不意に手を引かれた。
「ん、どうしたんだい?司くん」
「まだまだ時間はあるしな!折角だから見る前に教えてもらった設定を予習しておこう!」
「……うん、そうだね」
引っ張られた手が緩められて、お互い隣り合わせで歩く。
これのおかげで寒くないな。なんて言う司くんに、笑いかけた。
「 」