終わりまでの、カウントダウン。キラキラと光る、ガラス製のそれ。
前までは綺麗なピンクに染まっていたそれは……どす黒い黒と青で、ほとんどが覆い尽くされている。
ああ、汚いなあ。
そう思いながら、手元の時計を見やる。
カウントダウンは、もうすぐだ。
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「……クリスマスショー、無事終了だ!皆よく頑張った!」
その言葉にえむは歓喜し、寧々は安堵し、類は笑顔を向けてきた。
皆一様に元気そうに見せるが、疲労が隠しきれていない。
12月25日。
23日から25日限定で行われたクリスマス限定ショーは、立ち見もできるほどの大盛況となった。
今年のショーは、去年もやった寧々が主役の話の続きとも言える内容だ。
かつて手助けしたサンタの少年に危機が訪れ、それを寧々扮する少女が機転を利かせて手助けする、というもの。
初見でも十分楽しめるように、でも去年見た人はより楽しめるように。
随所で小ネタを挟みつつ、笑いあり涙ありの内容にできた。
4人で集まって何度も修正をした甲斐があるというものだ。
「今日は最低限の片付けにして、明日は本格的な片付けと共に次回の内容を決めよう。
3日間限定で公演数も多かったから、皆疲れているだろう。しっかり身体を休めてくれ!では、解散!お疲れ様だ!」
「はーい!お疲れ様!」
「はいはい、お疲れ様」
「お疲れ様。」
その言葉と共に、別れて控え室に戻る。
今回のショーではサンタの少年は服にも仕掛けを施していたから、着替えるのは時間がかかりそうだ。
「今日の公演、成功してよかったよ!司くんも、スランプを感じさせないほどの凄さで更に演出が思い浮かびそうだったよ!」
「お、おう。ほどほどにな。
……類、着替え終わったら先に帰っていいからな。オレはちょっと時間がかかりそうだ」
「そうかい?ありがとう。用事があったからありがたいよ」
「っ……そうか!それはよかった!それじゃ、お疲れ様」
「お疲れ様。司くんもしっかり休んでね」
手を振って見送ると、着替えを再開する。
震えない指先に、本当に『封印』されているのだなと、改めて思った。
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セリフをとちってしまう。
ぼんやりして、自分の手番を忘れる。
想定していた動きができなくて、仕掛けに当たりそうになる。
オレが、そんなスランプに陥ったのは、クリスマスショーを練習をし始めた、ある日のことだった。
初めは呆れたりしていた3人も、あまりのポンコツ具合に不安が募ったらしく、質問攻めにされたのがつい先日のようだ。
でも、オレはそれに答えることができなかった。
オレ自身、なんでそんな風になったのか、わからなかったから。
その日は解散になって。気晴らしに、セカイに行って。
そこで、見つけたんだ。
ピンク色に光る、小さな球体。
それに触れた途端、オレの中に沢山の記憶が流れ込んできた。
初めて類と話した日。
初めて類の演出を体験した日。
ショーに大失敗して、類とぶつかった日。
類を無事、再勧誘できた日。
ハロウィンショー、クリスマス、正月、フェニラン全部を巻き込んだショー、海、学校……
思い返された思い出は、全て類が絡んだもので。
嬉しかったり、泣くたくなったり。そんな思いは、この時間に近づくたびに、大きくなっていって。
終わった頃、球体は抱えるほどの、ガラスの入れ物となっていた。
ハート型になっているそれは、大半がピンクで、その中に青が入り混じっていて。
漸く、気づいた。
オレは、類に恋をしているのだと。
そして、スランプの原因は、恋をしているからだけでなく、去年の寧々のことが頭を過ぎって、無意識に嫉妬していたからだと。
思えば、失敗するシーンは全て、前回のショーを踏まえた箇所だった。
そこで話される、類の、寧々に関する言葉に、気を取られてしまって。
それで、失敗していたのだ。
あのショーは、寧々がトラウマを本格的に克服できたショーだ。類があのショーを絶賛するのも、当然のことだ。
なのにオレは、自分の感情だけで、こんなにも振り回されてしまったんだ。
その事実は、重くオレにのしかかってきて。
ガラスの入れ物は、どんどん青色に染まっていった。
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次の日。
あの思いをどうすればいいのか。
わからないまま、母さんに頼まれたおつかいを済ませていると、寧々と鉢合わせた。
不安げに調子を聞かれたが、どうにかはぐらかして寧々のことを聞いた。
「その、せっかくのクリスマスだし。プレゼント、あげようと思って」
そう、伏し目がちに告げた寧々の姿は、恋する乙女、そのもので。
息が止まりそうになりながらも、寧々のプレゼント選びに付き合った。
オレのチョイスに盛大に突っ込みを入れながらも、無事選ぶことができたそれを、大事に抱えて。
いつ渡すのかと聞いたら、25日の9時だと、教えてくれた。
「予定通りなら、8時くらいには終わるでしょ?……ちょうどその日、渋谷の公演で、時間に合わせて噴水のライトアップをやるらしくって。それを一緒に見て、贈ろうと思う」
寧々の、覚悟を決めたような、その顔に。
頑張れ。応援してる。
オレの初恋の、終わりを感じながら。
そう声をかけて、頭を撫でてやることしか、できなかった。
寧々と別れ、例のハートのガラスの入れ物を見に、セカイに出向く。
扱いが決まるまではカイトに預けておこうとひっそり決め、渡しておいたから。
出向くと、カイトは不安そうな顔で入れ物を見せてくれた。
……我ながら、汚いと思えるほど、黒が侵食してきていて。
そのあまりに醜さに、顔が歪むのを感じた。
醜いかもしれないけれど、これも大切な司くんの感情の1つなんだよと、カイトには言われたけれど。
ショーの邪魔も、寧々の邪魔も、したくない。
でも、今壊してはきっと、ショーに影響がある可能性だってある。
だから、カイトにお願いした。
この思いが表面化しないように、隠して欲しい。
どうにかしたほうがいいとは思うけれど、それよりもショーの方が先決だから。
オレの必死のお願いに、カイトは渋々と首を縦に振った。
こうして、オレの『類への恋心』は、無事隠すことができ。
オレも、スランプを克服することができた。
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時は戻り、25日。
類を見送ったあと、着替え終わったオレは、戸締りなんかの諸々を済ませたあと。
ひっそりと、セカイに出向いていた。
思いの隠し場所は、わかってる。
オレが強く望んでいるから、きっとぬいぐるみもカイト達も、来ることはないだろう。
寧々は、今日の9時のライトアップを見て、プレゼントを渡すんだろう。
あの顔からして、きっと一緒に告白もする筈。
……類には、寧々がお似合いだ。
きっと、素敵なカップルになるだろう。
そんな2人にとって、オレは邪魔者でしかない。
だから。
寧々が告白するであろう、9時に。
オレの恋心も、壊してしまう。
「……あと、10分か」
手に持ったガラスの入れ物は、じわじわと重くなっていき。
色も、青と黒で侵食されていっている。
想いを取り戻した途端にこれだ。なんて、醜い。
でも、それも今日で終わり。
思いを壊してしまえば、オレは「何時もの座長・スター」となれる。
類達の報告を聞いても、傷つくことなく、いつも通りに「おめでとう」と言えるだろう。
それが、最高のハッピーエンドなんだ。
そこにオレの思いがなくたって、ハッピーエンドなんだ。
「……10、9、8、7…」
カウントダウンを口にしながら、そっとガラスの入れ物を、身体の前に差し出す。
このまま手を離してしまえば、この入れ物も木っ端微塵だ。
「…5、4、3、2、1、」
「さようなら」
さようなら、初恋。
さようなら、醜い感情。
さようなら。------類。
「本当、君はとんでもないことをやらかしてくれるね」
……自分に何が起きたか、わからない。
言葉に出して、ひっそりとさよならを言って。
そうして、手を離そうと、して。
手を離す前に、強い力で、後ろに引っ張られて。抱きしめられて。
……聴き慣れた声と、安心する香りに、思考が止まった。
「ねえ、聞いてるかい?」
「……なん、で」
「うん?」
「な……んで、類、が」
オレを抱きしめたのは。
とっくに、寧々と帰った筈の。
今日、寧々に告白を受ける筈の。
「おや、いちゃ悪いかい?……君の緊急事態だと聞いて、飛んできたのに」
神代類。その人だった。
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類はオレを抱きしめたまま一緒に座り、そこから何も言わなくなった。
一度は腕から抜け出そうとも考えたけれど、抜け出そうとすると力を強めてくるから、諦めざるを得なかった。
漸くゆっくり考えられるようになって、深呼吸のち、口を開く。
「なんで、類はここに来たんだ」
「カイトさんに救援を求められたからね。君が大変なことになってるって」
「用事が、あったんだろう。いいのか?」
「用事はとっくに終わったからね」
用事は、とっくに終わった。
つまり、もう寧々と、
「ああ、僕の用事、寧々とは関係ないからね?」
「……は?」
オレの思考を読んだような言葉に、思わずぽかんとする。
いやそれもだが。……関係、ない?
「カイトさんからも、寧々と一緒じゃないのかい?なんて聞かれたけれど、今日寧々と約束はしてないよ。」
「……は……え?……え?」
約束、していない?
じゃあ、寧々が用意してた、あれは?
言葉を失ってぐるぐると考えるオレに、類は口を開いた。
「司くんが大切なものを壊そうとしていることはわかったからね。間に合って本当によかった」
「大切……って……」
そっと、落とせずに抱えたままとなってしまった入れ物を見る。
……じわじわとピンクが増えていく、なんとも現金な入れ物だ。
「……司くんが、誰に恋をしているのかは知らないけどさ。それは、なくしちゃいけないよ」
さらっと告げられたそれに、頭にカッと血が上るのを感じる。
「何、言ってるんだ。何がわかって、そんなこと、」
「いいや、わかる。わかるよ。だって、」
「僕はそれがなんなのか、知ってるから」
「…………え」
言葉を失うオレに、類は続けた。
「司くんがスランプを脱却した、後からかな。セカイの探索をしていた時に、これを見つけてね。
中身の色がどんどん変わるから、カイトさんに聞いたけど、教えてくれなくてね。ずっと観察してたんだ」
類が、ガラスの入れ物をそっと撫でる。
「触れると、感情が伝わってくるようでね。暖かくて、幸せになって、でも時々、悲しくて。……恋をしてるんだと、すぐわかったよ」
その触り方は、まるで、
「ねえ、司くん。僕にしない?」
……………………………………………………………
「は?」
「これを見ていて、どんどん青色や黒が多くなるの、とてもつらかったんだ。悲しい思いや、嫉妬なんかをしてるんじゃないかって。
そんな相手に恋をしている司くんの姿は、僕は見ていられなかったんだ」
ぎゅ、と。強く、抱きしめられる。
その腕は。……少し、震えていた。
「僕なら、司くんのそんな思いさせないのに。ずっと、幸せにしてあげられるのにって思ったら……止まらなくって」
「なら……なんで、壊すのを、止めたんだ」
「司くんに振り向いてはほしかったけど、恋をした思いまで壊して欲しくなかったんだ。僕はそんな思いもひっくるめて、司くんを大切にしたかったから」
腕が、ゆっくりと離れる。
そっと、振り向かされて。
見えた類の顔は、腕は未だに震えていたものの。真剣そのものだった。
「司くん、好きです。……僕と、付き合ってください」
「嘘つき」
「えっ」
何を返されるのかと固まっていた類が、オレの言葉でポカンと口を開けた。
そんな類に、オレは泣きそうになりながら、笑いかける。
「オレはずっと。類のことで、悲しんだり、嫉妬したり、してたんだからなっ!」
感極まった類からの強い抱擁に、思わず悲鳴をあげる傍らで。
地面に転がったガラスの入れ物は、綺麗なピンク色に染まっていた。