尾月原稿 最早尾形の心の壁は、崩壊一歩手前の砂の壁と化していた。尾形の心が目の前の男を知りたい、理解したいと暴れるたびに、誰にも傷つけられないようにと心を囲っていた壁が内側からボロボロと崩されていく。
尾形の過去を知ったあの日には、その壁はもう少し強度を保っていたはずだ。それがいつの間にこんなに、と思った後で、月島は自嘲した。俺じゃないか。尾形の心の壁に僅かにできた欠けた部分に指を捻じ込んで、引っ搔いて中身を覗き見たのは他ならぬ月島だった。あの日月島は、恐る恐る開かれた尾形の心に触れることを選択した。その結果がこの男をこんな風にしたというのなら、月島には取らねばならぬ責任があるのかもしれない。
未だに真っ黒な目で己を見下ろす男を見上げた。その萎れた姿が半べそをかく子供のように見えて愛おしく思ってしまったのは、末期なのだろうか。
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