システム・オールグリーン マンションエントランスのロック解除を確認。同期したセキュリティシステムの認証が文字列として告げてくる。ネロはおもむろに立ち上がるとキッチンに向かいコンロをセットした。エレベーターでこの部屋まで来るのに3分弱。スープを温め直すのに最適なタイミングだ。ブラッドリーは帰宅したらシャワーより先に飯にするのは間違いない。後は本人が部屋の扉を開けたらメインの肉に仕上げの火を入れるだけ。計算通りの時間で玄関のロックが開いた。
「おかえり」
「おう。帰った」
「すぐ飯にするから座ってな」
「おっ肉か?」
「はいはい肉だよ。フライドチキンじゃねえけどな」
顔を見せた途端想定通りの反応を返す家主に苦笑しながら料理を皿に移す。今晩は貝のスープとチキンの香草焼き。ワインは軽めの赤を合わせた。ダイニングに対面に座ると早速勢いよく食べ始める。
「美味い!やっぱり肉食わねえとな。バーガーは安くて手軽だが腹に貯まらねえ」
「あんたの燃費が悪すぎんだよ。こら、付け合せの野菜も食え」
「野菜なんて彩り用の飾りだろ。毎回添えなくても良くねえ?」
「ちゃんと必要な栄養が入ってるんだ。野菜食わねえなら明日から食事に肉は出てこないからな」
「げえ…。わかったわかった、ちゃんと食うって」
ブラッドリーがもそもそと野菜を頬張るのをしっかり見届けると、ネロは満足して頷いた。ビタミン、ミネラル、食物繊維も一食の基準をきちんと満たした。ご褒美にネロの分の鶏肉を一切れブラッドリーに寄越してやる。少しカロリーオーバーだが許容の範囲内だ。
食べ終えた皿を片付けていると、残ったワインを傾けながら同居人がじいっとこちらを見てくる。言いたいことでもあるのだろうか。記憶に検索をかけても原因はアンノウンだ。
「なに?」
「…お前に聞きたいことがある」
サーチワードが足りない時は直接尋ねるしかない。だというのに逆に質問される流れに、人間のコミュニケーションの煩雑さをまた学習させられる。ブラッドリーはグラスを一気に煽るとそのままネロを指して言った。
「俺とセックスできるか?」
「…………は?」
最新の人工知能にあるまじき長いタイムラグの後、ネロが発したのはたったの1文字のみだった。セックス。SEX。搭載されたどの辞書を参照しても、文脈からして、性行為を表す意味で間違いないはずだ。おかしいのはそれがブラッドリーとネロとの間で行われるという仮定の方。
「なにを…ブラッド、酔っ払ってんの?」
「馬鹿言え。俺様がこれしきで酔うわけねえだろ」
「そう、だよな…」
ブラッドリーにアシストロイドとして拾われてから飲酒の機会は散々見てきたが、今日のアルコール摂取量は酩酊どころかほろ酔いにも満たないだろう。つまり真っ当な頭で聞いてきているということだ。
「答えろ。ネロ」
ブラッドリーとセックスできるか。Can or not。
ネロはもともと、ブラッドリーに拾われる前から、調理をするためにカスタマイズされていたので耐熱・防水性能は備わっている。料理の味を感じ取るための口内・味覚センサーはむしろブラッドリーと暮らすようになってから精度を増してもらった。皮膚接触の感度は怪我や衝撃に備えて鈍めにしてあるが、設定次第でどうにでもできる。あとは、見せかけだけで本来の機能はないが、穴も棒も一応付いている。アシストロイドの頑丈な身体なら、跡が残ったりあらぬところが裂けたり腰をいわせたりなんて心配も無用だ。
つまり、アシストロイドの身体的にはなんの問題もなくできるのである。しかしそんなことはブラッドリーだって言わずとも知っているので。聞かれているのはそこではなく、ネロが、できるかどうかだった。
それらを全部理解した上で、ネロは言葉を選んで告げた。
「…ブラッドがしたいなら、するけど」
それなりに意を決して伝えたつもりだが、それを聞いたブラッドリーはむっつりと眉間の皺を深くして、ハァ~と深い溜め息を吐いた。
「やっぱりな。おいネロ」
「な、なに」
「お前のカルディアシステム不良起こしてんだな。明日にでもメンテ行くぞ」
「え?…えっ!?」
なんでそうなる。ブラッドリーの下した判断の意味がわからず困った顔をするネロに、当のオーナーである男は手酌でワインを追加しながらつらつらと述べる。
「おかしいと思ってたんだよ。仕事では便利で有能な部下で、家に帰ったら毎日美味い飯が出てきて。しかも無茶振りのつもりでセックスの提案してみりゃ拒否もしねえ。
俺に都合が良すぎる。これじゃカルディアシステム載せる前の、オーナー様に従う一般のアシストロイドと変わらねえじゃねえか」
胡散臭えと思ってたんだよあの博士、とブラッドリーの愚痴は続くが、ネロの伸ばした腕がそれを制する。ワイングラスを持つブラッドリーの手に己の手を重ねて、低く声を出した。
「…正常だ」
「あぁ?」
「俺のカルディアシステムは正常に動いてる」
回路はオールグリーン。擬似神経の末端まで高速で働きかけている。ブラッドリーからは服で見えていないだろうが、胸の模様はネオンサインのごとくピッカピカと先ほどから光りまくっている。
「嫌がる主人に無理やり野菜食わせるアシストロイドがいるかよ」
「それは…。なんかほら、従いすぎるといかにもロボットらしいから、適度に反抗しとくようにプログラムされてるとかよ」
「そんな回りくどいことするかよ。俺は、お前に野菜食わせたいから食わせてるんだ」
ネロにカルディアシステムを入れたのは他でもないブラッドリーなのに。なんて疑り深くて、面倒くさくて、ネロの気持ちをわかってないオーナーなのか!
「言い方変えるぞ。俺は、俺の心は、…ブラッドとセックスしたいって言ってんの!」
顔面表皮温度上昇を検知。自分の身体なのに制御もできないなんて、感情とはなんて理不尽な機構なのか。
ぽかんと呆けてから、面白がるみたいな笑みを浮かべるブラッドリーの胸ぐらを掴むと、ネロはテーブルから身を乗り出して唇を合わせた。