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    ▶︎古井◀︎

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    ▶︎古井◀︎

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    横書き一気読み用

    #チェズモクワンドロワンライ
    お題「潜入」
    ※少しだけ荒事の描写があります
    悪党どものアジトに乗り込んで大暴れするチェズモクのはなし

    #チェズモク
    chesmok

     機械油の混じった潮の匂いが、風に乗って流れてくる。夜凪の闇を割いて光るタンカーが地響きめいて「ぼおん」と鈍い汽笛を鳴らした。
     身に馴染んだスーツを纏った二人の男が、暗がりに溶け込むようにして湾岸に建ち並ぶ倉庫街を無遠慮に歩いている。無数に積み上げられている錆の浮いたコンテナや、それらを運搬するための重機が雑然と置かれているせいで、一種の迷路を思わせるつくりになっていた。
    「何だか、迷っちまいそうだねえ」
     まるでピクニックや探検でもしているかのような、のんびりとした口調で呟く。夜の闇にまぎれながら迷いなく進んでいるのは、事前の調査で調べておいた『正解のルート』だった。照明灯自体は存在しているものの、そのほとんどが点灯していないせいで周囲はひどく暗い。
    「それも一つの目的なのではないですか? 何しろ、表立って喧伝できるような場所ではないのですから」
     倉庫街でも奥まった、知らなければ辿り着くことすら困難であろう場所に位置している今夜の目的地は、戦場で巨万の富を生み出す無数の銃火器が積まれている隠し倉庫だった
     持ち主は、海外での建材の輸出入を生業としている某企業。もとは健全な会社組織であったらしいが、代替わりを経て中枢が悪党どもの手によってすげ変わり、戦火の種となる武器の密輸を裏で行うようになっていた。
     表向きは紛争地域の再建支援を謳ったままでいるのが一層、タチが悪い。近頃では悪質かつ中毒性の高いドラッグの横流しも始めているらしく、チェズレイ曰く「久々に潰しがいのある悪党」とのことだ。
    「ほい、到着っと」
     長かったコンテナ迷路を抜け、二人は目の前に現れた埠頭倉庫を眺める。すっかり灯りの落とされていた道中とことなり、眼前の倉庫は古めかしい水銀灯によって煌々と照らされていた。
     厳重に閉じられたシャッターの前には、夜半すぎだというのにいかにもといった風体の見張り番たちが三人、面倒くさそうに突っ立っている。
    「どうする? 軽く伸してくかい?」
    「そうですね。さっくりと眠っていただきましょう」
     ばちん、と視線が交わる。俺が固まってるふたり担当、お前はあっちにいるひとりを。アイコンタクトだけで、声もないままに配分が決まる。ほんの刹那のことだ。次の瞬間には掛け声もなく、二人は同時にアスファルトを蹴り出していた。
     モクマは踏み込んだ勢いで高く跳躍し、見張り番ふたりの前に飛び出した。突然の出来事に叫ぼうとしたのか坊主頭の男が大きく口を開いた。大声を出されてはまずい。モクマは滞空したまま腰を捻り、薙ぐようにして男の顎を蹴り上げた。
     音もなく着地し、もう一人の男に迫る。胸元から警棒を取り出していたが、素人がそんなものを振り下ろすより、モクマが繰り出す蹴りの方が余程速い。姿勢を低くしたまま左足で踏み切り、躍らせた脚で思い切り男の首筋を捉えた。独学仕込みの延髄切りもどきだが、相手の意識を失わせるには十分な威力だった。
     モクマが二人を難なく倒して振り返ると、チェズレイもまた、割り振られた一人を華麗に地面に沈ませていた。仕込み杖に細身の両剣を収めながら、くるりと身を翻して不敵に笑む。
    「行きましょうか、相棒」
    「そうだね、相棒」
     足早に、次のポイントである裏口へ向かった。関係者以外立ち入り禁止と書かれた札が掛けられている扉は、一見するとしっかり施錠されているように見えるが、実は経年劣化で立て付けが悪くなり、方法を知らなければ開かないようになっているだけらしい。調べた情報通り、戸を軽く持ち上げて右下を蹴り上げると、鉄扉は軋むような音を立てながらも容易く開いた。
     開かれた鉄扉に誘われるまま、屋内に足を踏み入れる。外同様に水銀灯に照らされ、トタン張りと打ち放しのコンクリートに覆われた空間はがらんとしていた。壁に沿うように無造作に、うず積まれた木箱が無ければ、廃工場かなにかと見紛いそうなほどに。
    「ずいぶんと貯め込んでいらっしゃるご様子で。これほどの武力供給があれば、いくらでも紛争を続けられるでしょうねェ……」
     チェズレイが眉根を寄せつつ、木箱を睨みつける。あれらの中身は、想像するだに忌まわしい。モクマもまた、音が奥歯を強く噛んだ。
    「……行こうや。そんなことをさせないために、ブッ潰しに来たんだろう?」
     目的は、取引先たる各国の要人リストの入手。そのデータは、当然ながらスタンドアロンのローカルドライブに収まっている。いかにサイバー知識に明るいといえども、それを入手するためには現地に潜入することが不可欠だった。
     逆を返せば、現物さえ眼前にあれば、チェズレイは大抵のセキュリティを突破してデータにクラックすることができる。そんな経緯でもって、今夜の潜入劇は敢行されたのだった。
    「で、そのコンピュータはどこにあるんだっけ?」
    「情報通りであれば、ボスの私室たる隠し部屋に」
     道中、まばらに配置されていた見張りたちを易々と伸しながらモクマは相棒に問う。相棒もまた、両刃剣を振るいながら軽い調子で答えた。
     おそらく進行方向はあっているはずだ。だんだんと、置かれている見張りたちが屈強かつ手練れの者になっている。だとしても、モクマの――二人の敵ではないのだが。
    「……ここだね」
     ようやく到達した倉庫の奥。粗雑に積まれた小型のコンテナの隙間に、隠し扉は存在していた。チェズレイがボスの男のものらしい声紋を模してパスワードを告げると、重い金属製のドアはゆっくりとスライドしながらモクマとチェズレイを招き入れた。
     隠し部屋はボスの私室を冠しているだけあって、リノベーションが行われたのか、数多くの上等品に囲まれ、先ほどまでの簡素な倉庫とは全く印象の異なる趣を呈していた。コンクリートの床には毛足の長い絨毯が敷かれ、フロアランプはLEDの暖色灯で部屋のそこかしこを照らしている。
    「……なんだァ? お前たちは」
     部屋の突き当りで革張りのソファにどっかりと腰を下ろし、ローテーブルに足を投げ出してふんぞり返っている太った男が、二人の闖入に片眉を上げて見せた。これが、紛争地域に売り込んで私腹を肥やしている男か。
     縞の入った派手なジャケットといい、胸元でギラギラと光っている趣味の悪い金細工といい、いったいどれほどの不幸を戦場にもたらすことと引き換えに、あの男は着飾っているのだろうか。
     男の背後には、ひときわ屈強なボディガードが五人控えている。目の前で音声パスが掛けられた扉を開けて見せたというのに、ちっとも焦った様子が見られないのは、それほどまでに自信があるのか、もしくはただ鈍磨なだけであるのか、どちらだろうか。
    「売り込みの業者……にゃあ見えねえなあ?」
     何者だ? 男が胴間声を上げ、二人を睨みながら問う。右手にくゆらせている葉巻からは独特の匂いが立ち上り、室内を満たしていた。
    「ええ。売り込みではなく、買い叩きに来ました。あなたがお持ちの情報をね」
     にっこりとチェズレイが微笑むと、男はだらしなく弛んだ頬を下卑た笑みに歪ませながら、じっとりと検分するかのようにチェズレイを眺めた。
    「はァん? 俺ぁてっきり、男娼の押し売りかと思ったんだがな。なんなら、今から商売の鞍替えをしちゃあどうだ――」
     男が言葉を言い終わらないうちに、モクマは懐から棒手裏剣を抜き、男が腰を置くソファに向かって放った。太腿の外側を留めるように三本の棒手裏剣が突き刺さったのを視認してようやく、男は短い悲鳴を上げた。
     事態を察したボディガードたちが懐から短銃を抜くが、誰も彼も、反応が遅すぎる。
    「下らない冗談しか言えんなら、お喋りは終わりだ」
     普段の軽薄を装う口調からは想像もつかないほど、ぞっとする暗く冷たい声がモクマの唇から零れた。跳躍でローテーブルを踏み越え、男の顔面を踏む。動物の鳴き声のような滑稽な音が漏れるが気にせず踏み台にし、並ぶボディガードが構えている銃を、蹴りと鎖鎌の錘で一息に薙ぎ払った。
     手近に落ちたものは着地と同時に後方へ蹴り飛ばし、低姿勢を保ったまま一番近くに居た男を足払いで転ばせる。運よく隣の男を道連れにしてくれたおかげで、早くも二人が体勢を崩した。
     武器を失って狼狽している残り三人に、モクマは迫る。先ほどの動きを見ていたせいかずいぶんと足元を気にしている様子だったので、意識がおろそかになっている上半身を狙う。
     立ち上がりの勢いを乗せた掌底を、モクマは目いっぱいの力で男の顎に叩き込んだ。上下の歯が嫌な噛み合い方をした鈍い音が響く。ついでに脳震盪を起こせたらしく、男はそのまま後方にのけ反る様にして倒れ込んだ。
     残った二人は申し訳程度にタイミングを合わせ、モクマに飛び掛かった。しかし四本の腕が、その指先一本すらもが触れないうちに、モクマは飛び込み前転の要領で男たちの背後に回ると、二人の首を鎖鎌の柄で強く打ち付けた。悶絶しながら男たちが地面に転がった。しばらくは起き上がれないだろう。
     モクマは始めに転がした二人にゆったりと近付き、揃って右肩の関節を外した。ごきん、という音とともに男たちの咆哮が響く。
    「痛めつけて悪いが、命までは取らんよ。お前たちも仕事なんだろう」
     声色だけはほんのわずかな優しさを帯びているが、床に転がるボディガードを眺めるモクマの視線は、どこまでも冷え切っていた。一瞬で屈強な五人を制圧して見せたモクマにすっかり怯えた顔をしている悪党どものボスは、震えあがりながら問う。
    「な、何が望みだ……」
    「望み? あったけど、もうどうでもいいよ。お前さんは言っちゃあならん事を言った」
     もともと、交渉をするつもりなどなかった。この部屋にあるというコンピュータを奪取できれば、それで済む話なのだから。
     命乞いかはたまた次なる雑言か、二の句を告げようと口を開いた男が何か音を発するより先に、モクマは男の側頭部目掛けて荒っぽいハイキックを繰り出した。
     十分に速度が乗ったそれは、相手の意識を過不足なく飛ばす威力が含まれている。蹴り飛ばされ白目を剥いた男の身体を、革張りのソファは難なく受け止めてくれた。
    「よかったね、上等なソファがあってさ」
     そんな風にちっとも思っていない声が、空々しく放たれる。先の暴言について謝らせても良かったが、そうさせたとしても決して本心からではないだろうし、この男に自由にしゃべらせ続けることのデメリットのほうが、よほど問題だった。
     六人もの人間を倒したというのに息一つ上がる様子も見せなかったモクマは、胸に溜まった嫌な気分を吐き出すため、初めて大きく溜息を吐いた。
    「…………モクマさァん」
     溜息と同時に、それまで黙り続けていた相棒がようやく、口を開いた。モクマを呼ぶ、悲しみか、あるいは甘えを含んだ声色にずきんと胸が痛む。
    「チェズ――」
     モクマもまた、名を呼びながら振り返った。どんな顔をしていても、きっと少なからず傷付いているだろう相棒を力いっぱい抱きしめてやろうと決意して。けれど。
    「あァ……なんて烈しい激情だ! 私に向けられたものでないのが心底口惜しいところですが、しかし私のためを想ってこそ発露されたあなたの憤りと真価……本当に、最高のひとときでしたよォ……!」
     前言撤回。モクマは歩み出した足を止めて即座に立ち竦んだ。ぎらぎらと、いっそ禍々しいまでに『燃えて』いる相棒に不用意に近付く勇気は、今しがた固めた決意にはさすがに含まれていなかった。第一、今の相棒に下手に近寄れば、この場で手合わせを望まれかねない。
    「さ、さよか……」
     よってモクマは、僅かな後退りとともに、ただ控えめな苦笑いだけを相棒に向けることにした。ストッパーを失い俄然ぺらぺらと回りだした青年の舌がモクマへの情熱を存分に語るさまに、顔を青くしたり耳朶を赤く染めたりしながら。
     
     
     
     予定していた任務をすべて終え、二人は倉庫街を後にしていた。すっかり夜も更け人通りのなくなった街中に、二人の足音だけが反響している。
    「伝えそびれてしまったのですが、先ほどはありがとうございました」
     クラッキングとクールタイムを経て、すっかり凪いだ青年の声が唐突に謝意を告げた。本日の戦果である、例の情報を移したフラッシュドライブを指先でもてあそんでいたモクマは、相棒の言葉に端末を取り落としそうになって体勢を崩す。
     しかし膝が地面に触れるより先に、相棒の掌がモクマの横腹に差し込まれて、辛うじてバランスを保った。ありがと、短く告げるとチェズレイは、「ですから、礼を言っているのは私のほうです」と重ねて告げ、少しだけ困ったように柔く笑んだ。
    「怒ってくれたのでしょう、私の代わりに」
    「俺のためだよ。俺が、俺の相棒がああいう風に貶められているのを許せなかったから」
    「だとしても、です」
     差し込まれたままでいたチェズレイの腕に力が籠り、そっとモクマを抱き寄せた。背の高い相棒の腕のなかにすっぽりと収まったモクマは、彼がそうするように抱き返して背中をゆったりと摩る。
     モクマの鼻先が触れている相棒のスーツの胸元には、倉庫街に漂っていた海風と機械油を思わせるにおいがすっかり染み付いてしまっていた。けれど、その奥深くには、いつも通りの彼の匂いがしっかりと残っている。目いっぱい胸を満たして、一層強く腕を背に回した。
    「ちなみにですね、あの企業に流れていた悪いカネの方はただいま絶賛洗浄中でして。綺麗になり次第、モクマさんの個人口座に入りますのでお楽しみに」
    「……はい!?」
     突如、なんでもないことのように語ってみせた青年の、その驚くべき内容にモクマは目を極限まで見開き、甘く抱き合っていた相棒の身体を勢いづいて押しのけた。なにそれ、全然聞いてないんだけど。
    「そうですねえ。ちょっとした企業の資金並み――といったところでしょうか。表向きは、賭博で大勝ちしたものを装う予定ですので、ご心配無用です」
    「なんの心配!? いらないいらない! 俺、ふつうの給料制でいいって言ってるじゃん!」
    「まあ、ちょっとした賞与のようなものですよ。どうせ泡銭です。ぱあっと使ってしまってはいかがですか? 武器の売り買いに使われるより、その方が余程良い」
     もう一度抱き寄せ、モクマの頭頂部に頬を置きながら鼻歌でも歌い出しそうにしているチェズレイの姿に、モクマは納得を得るとともに頬を引きつらせた。
    「……ひょっとしなくてもチェズレイ、さっきの男の言葉に結構腹を立ててたね……?」
    「多くは語りませんが、あなたが蹴っていなかったら、私が殴っていた――とは、お答えしておきましょうか」
     もう、耐え忍ぶばかりの私ではありませんので。茶目っ気を含んでそう答える頼もしさに「そっかあ」と呟く。喜ぶべき相棒の変化を目の当たりにして、そうだ、今夜は祝杯を挙げなければと思い立つ。
     モクマはセーフハウスに買い置いた酒と冷蔵庫の中身が、この大きな喜びを飲み込むのに果たして足りるだろうかと、じんわりと温まった胸の内で考え始めていた。
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     なにか、ずいぶんと長い夢を見ていたような。輪郭を捉えていたはずの夢の記憶は、意識の冴えに比例するかのように、ぼんやりと霞む脳に絡まっていた残滓ごと霧散していく。もはや、それが悲しかったものか嬉しかったものなのかすら思い出せないが、そっと指先で触れた目尻の膚が、涙でも流れていたみたいに張り詰めていた。
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    「確かにデートしよって言われたけどさあ」
    「ええ。快諾してくださりありがとうございます」
     がたん。二人の呑気な会話を余所に、車体がひときわ大きく唸って上昇を止めた。ついに頂上にたどり着いてしまったのだ。モクマは、視点上は途切れてしまったレールのこれから向かう先を思って、ごくりと無意識に生唾を飲み込んだ。そして数秒の停止ののち、ゆっくりと、車体が傾き始める。
    「これは――ちょっと、聞いてなかったッ、なああああああっ!?」
     次の瞬間に訪れたのは、ジェットコースター特有のほぼ垂直落下による浮遊感と、それに伴う胃の腑が返りそうな衝撃だった。真っすぐ伸びているレールが見えていてなお、このまま地面に激突するのでは、と考えてしまうほどの勢いで車体は真っ逆さまに落ちていく。情けなく開いたままの口には、ごうごうと音を立てる暴力的な風が無遠慮に流れ込んできた。
     重力に引かれて 3823

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