横顔あれから、もう何度季節を見送っただろうか。
荘園でのゲームをクリアして、各々が自ら望む場所へと帰っていった。荘園で出会った一部の人間とはたまに手紙のやり取りをしている。中でも、ビクター・グランツとはよく連絡をとっている。手紙の内容は代わり映えのない近況報告。それでも、友人と呼べる人間なんていなかった僕からしたら、とても価値のあるものだ。
荘園でのゲームはクソッタレな内容だったが、大金以外にも僕に沢山のものを与えてくれた。
一つ目は他人との関わり方……いや、この言い方だとビクターに怒らてしまいそうだから
、友人、と言い変えよう。
ゲームは他サバイバーと協力、意思の疎通ができないと勝てない。これが僕にはとても難しかった。化け物の僕となんて、誰も話したがらない。ましてや、協力なんて無理な事だ。そんな僕に荘園のメンバーは根気よく付き合ってくれた。中でも、同じ頃に荘園に来たビクター、ルカは僕に寄り添ってくれた。ルカとは言い合いにもなった。ルカは柔らかそうな顔の裏でとても頑固で自分の意思を曲げない。一度火がつくと感情を面に出すくせに、ほとぼりが冷めると言い過ぎたとしょぼくれる。そんな僕達をビクターは呆れることなく、見守ってくれていた。
「喧嘩する程、仲がいい、ですね」と、笑顔で紙を差し出された時には何だか照れくさかった。あの時、ルカはどんな顔をしていたんだろうか。しっかりと見ておけば良かった。
二つ目は読み書き。荘園で過ごす僕達は日記を書くように命じられていた。読む事は辛うじて出来たが文字を書くのは僕にとって簡単な事ではなかった。それに気が付いたルカは、「ここを出てからも役に立つから」と、時間を見つけては読み書きを教えてくれた。これは、本当に助かった。できないままだと、僕は銀行に口座を作る事も出来ずに大金を持ち歩いていた事だろう。
3つ目は……恋心、だ。
これは、荘園を離れてから気付いた気持ちだった。でも、これで良かったんだと思う。こんな僕でも人を好きになったりするのだと、初めは戸惑ったが、今はそれを受け止めている。気持ちが焦れて苦しくもあるが、これがあいつがくれた感情なのだと思うと苦しいだけじゃない。
荘園のゲームは痛く辛いものだったけれど、悪くはなかった。
ゲームで手にした金で買った小さな家のポストを覗くのは毎日の日課だ。僕の恋しい人からの連絡は一度も無い。僕の住所は伝えているのに。
一年近くたってから、来ない連絡を待つことはやめた。そうすると、何気ない毎日が速度を上げ始めて流れていった。
あいつが好きだと言っていた花を庭に植えた。
一面に咲いた、薄紅色の花びら。庭師のようにはいかなかったが初めてにしては上出来だと思う。風に揺れる花を見ながら、荘園で見たあの景色が月日を越えても浮かんでくる。
月夜に二人で庭に出て、特に会話もなく雲間からやさしく照らす月明かりの中で風に揺れる葉音を聞きながら僕達は手を握り合っていた。
「夜はよく目が見えないから」と、差し出された手は僕より冷たくて少し汗ばんでいた。
足元には、庭師が植えた花が咲いていた。
「美しいな」
そう言って笑ったあいつの横顔が、僕にはこの世の何よりも美しいものに見えた。
僕は隣でぎこちない微笑みを浮かべる事しかできなかった。
あの横顔を思い出す度に切なくて痛い。
思い出の中で、今もあいつは僕に微笑み続けている。