──それを目にした瞬間、男は息を飲んだ。
ボロボロの布切れ1枚を被せただけの身体は、傷が無い箇所を探す方が難しい。日に焼けることを知らない白い肌に、鱗で覆われた尾ひれに、いたるところに鞭で打たれたような夥しい痕が残っている。海中できらきらと揺れていた美しい金色の髪も紅で汚され、かつて陸への期待に満ちていた琥珀色の瞳はぼんやりと中空を見つめている。頬には涙の跡があった。
喉元には鎖に繋がれた無骨な首輪が。その下に乱雑に巻かれた包帯は血が滲んでいる。どうにかして外そうと掻きむしったのだろう。よく見れば指先も血で彩られている。
それでもまだ、辛うじて、彼は生きていた。
王子、と震える声で呼びかける。暫くぼんやりとしていたものの、自分を認識した途端カタカタと震えだす。琥珀色の双眸に浮かぶ怯えが彼の扱いを物語っていた。
少し考え、息を吸い、静かに歌い出す。紡ぎ出される旋律は低い男のそれではなく、澄んだ少女の声色だった。この歌声は紫水晶の瞳を持つ彼の妹姫から借り受けた物だ。
強ばっていた彼の身体から少しずつ力が抜け、聞き慣れた妹の歌声に落ち着きを取り戻していく。優しく背を擦るも、その手を拒む様子はない。
「……帰ろう。君の妹君達が待っている」
目線を合わせ、安心させるように語りかける。人魚王子は目に涙を溜めてコクリと頷いた。