「I love you.」ほど難しい言葉はない! 気持ちのいい晴天、いつもの制服に、色とりどりに詰められた弁当、学生の必需品の教科書等が詰められた学生鞄。いつもの登校風景だが、この日のオレはいつも以上に気合が入っていた。
それもそのはず、今日、オレは一世一代の大作戦をするのだから……。
▽
きっかけは、昨日の夜。オレも咲希もそれぞれ帰宅し、リビングでくつろいでいた時のある出来事だった。
「お兄ちゃんって、類さんに毎日好きって言っているの?」
「……は?」
可愛い妹からの恋人である類とのことについて突然聞かれ、思わず聞き返してしまう。
オレ、天馬司と同じショーユニットに所属する神代類は、先月付き合ったばかりの出来立てホヤホヤの恋人なのである。
咲希には付き合うまでも、付き合ってからも相談やのろけを聞いてもらっていたが、自分からオレたちのことを聞いてくることは初めてだった。
「どうしたんだ、急に?」
「だって、ほら見て! この記事!!」
咲希はそういい、今まで読んでいた雑誌のとある記事をオレに突きつけてきた。
『今の恋人と長くお付き合いをするために♡』とかわいらしい文字で書かれたそれには、世の中のカップルの意見を聞き、「恋人に何をされたら一番うれしいか」などのことがまとめられていた。
記事の中で特に大きく「やっぱり一番うれしいのは『好き』って言われること!!」と書かれていた。
「……お兄ちゃん、類さんに告白するときも中々言い出せなかったから、今もあまり言えてないかと思って……」
「た、確かに、あまり言えていないが……。しかし、オレたちはお互い好きであることはわかっているし、わざわざ口に出さなくても……」
「甘い……甘いよ! お兄ちゃん!! ほら、ここを見て!!」
咲希は突然大声を出すと、記事のある部分を指さす。
そこには、先ほど目についた部分の意見が特に詳しく書いてあり、意見の中には「付き合って二年。相手が言葉で好意を伝えてくれないから不安です。私は好きだとしっかり告げているのに、相手はそうじゃないのでしょうか」といった意見があった。
「今は付き合ったばっかりだからいいかもしれないけれど、長く付き合っていれば不安になることもあると思うの。……アタシも、相談に乗っていたのと、あとは大好きなお兄ちゃんが幸せでいてほしいから、類さんとはずっと仲良くしていてほしいんだ。だから! お兄ちゃんのためにできることがないかなって考えていたんだ。そしたら、この記事をみつけて……」
「咲希……」
咲希が自分をどれだけ思ってくれているかわかり、じんわりと胸が熱くなる。
確かに、類はことあるごとにオレにしっかり言葉で「好きだ」と伝えている。しかし、オレは羞恥が邪魔をして中々言えないでいた。
今は大丈夫だが、このままだとこの記事のように類を不安にさせてしまうこともあるかもしれない。
オレも、類とは何年、ううん、生涯ずっと一緒にいたいと思っている。そのために足りないことがあれば、どんなに小さなことでもやってみるべきだろう。
「よし! オレも明日から類にしっかり好意を伝えよう! 早速準備にとりかかるぞ! ありがとうな、咲希!!」
「えへへ! どういたしまして! お兄ちゃん、がんばってね!」
兄想いの妹の声を後ろに感じながら、オレは駆け足で階段を駆け上がり自室に向かう。こうして、類とこれからもいっしょにいるための一世一代の作戦が幕を開けたのだ。
▽
「やあ、司くん、おはよう」
「お、おはよう、類!!」
「フフ。今日も元気いっぱいだねぇ」
学校につくと早速昇降口に類がいた。
いつもと変わらず、にこやかに笑う類を見ながらも、オレの胸中は穏やかではなかった。
早速、昨日急いで作った「類の好きなところをまとめたノート」の中身を頭で反芻する。ちなみにこのノートは、「いきなり『好きだ』と伝えようとしても、いつもと同様に羞恥でうまく言えないかもしれないから、内容だけでもまとめておいた方がいい」という、咲希のアドバイスをもとに作成したものだ。
「る、類!」
「うん? どうしたんだい、司くん?」
早速類に「好きだ」と伝えようと、改めて類を見るが、オレはそのまま固まってしまう。
なぜか。それは顔を見た途端、類への気持ちが溢れて、言葉が詰まってしまったからだ。
な、なんでそんなこちらを優しそうに見つめているんだ! 以前も類は笑顔が多いとは思っていたが、最近はより増したというか……。特に朝は「フフ。今日も司くんに会えてよかったな」と言わんばかりの温かいまなざしで……。
声だってそうだ! もともと聞き馴染みのいい声をしていたのに、オレを呼ぶ声がやけに甘くなって……。最近だと類がオレのクラスに来て名前を呼ぶと、「司、神代と付き合っているのか?」なんて聞かれるんだぞ!
先ほどまで「好きだ」という気満々だったのに、類を目の前にしたら「類を好きだ」という気持ちが頭を巡ってしまって、「あ……」とか「う……」とかしか言葉が出ず、思わず立ち尽くしてしまう。
どうすればいいだろうか……と混乱しているオレを、類は不思議そうに見つめた後、突然腕をつかんでオレを連れて歩きだした。
「お、おい! 類、どうしたんだ?」
「……ごめんね。司くんの目のクマが気になって。昨日、徹夜でもしたのかい?」
「あ、ああ……。まあ、昨日は少しな……」
「めずらしいね。何かあったのかい?」
「ま、まあ、ショーのいい案が思いついてしまってな! 眠れなかったんだ!」
「……そうかい……」
昇降口の隅の死角で、オレの目の下を優しく撫でる類は、眉を八の字に歪め、どこか心配そうに見つめている。オレを心配している類に嘘をついてしまい心苦しいが、さすがに「今日類に好きだというための準備で徹夜した」とは言えず、ごまかしてしまう。
類は目の下をしばらく撫でた後、今度はオレの頭の上に手を移動させ、するすると髪をとかしだした。
……何だろう、すごく心地いい。徹夜明けで疲れているからか、類の大きな手が優しく頭を撫でるのが心地よく感じる。うとうととまどろみながら撫でられるがままになっていると、類はすっとオレの前髪をかき上げた。
「……うん。より格好よく、かわいくなったね」
「んむ? 寝癖でもついていたか? すまん……」
「フフ。大丈夫だよ。ねえ、司くん……」
「む? なんだ、る、い……」
額に感じる類の手の感触に酔っていると、類の顔がすぐ近くまで迫ってきていた。そして、あっけにとられているうちに、ふにり、と
まだ慣れない類の唇の柔い感触が額に伝わる。
「……フフフ。今日も大好きな司くんに会えてうれしいよ。じゃあ、また休み時間にね」
それだけ言い、類はスキップでもしそうなほど上機嫌に教室まで向かってしまった。
残るオレは、キスをされたのだということも、先に類に好きだと言われたことも受け止められず、その場で立ち尽くしてしまった。
オレが動き始めたのは、予鈴のチャイムが鳴ってからだった。
▽
その後も、オレの奮闘虚しく、作戦は全くうまくいかなかった。休み時間もオレが徹夜明けで疲れているのを察し、気を使った類に膝枕をされ、ドキドキして作戦どころではなかったし、ステージに向かう途中もいっしょに歩いていた寧々の視線が気になって集中できなかった。ちなみに、寧々にはオレの様子がおかしいことを感づかれ、じっとりと何か言いたげな目で半日見られ続けていた。
「はー……」
「……司くん、どうしたんだい? ため息なんて珍しい」
ショーの練習も終わり、更衣室で制服に着替えている途中、思わずこぼれたため息に類は心配そうに声をかけてきた。
とはいえ、作戦のことは言えない。またごまかそう……と思ったが、類の顔を見て思いとどまる。
朝見た時よりも悲痛にオレを見つめる類。今声をかけてきたのも、相当勇気を出したであろう類の顔を見てごまかし続けるなど、それこそ恋人に真摯な態度とは言えないだろう。
「いや……類、実はな……」
話し始めたオレの話を、類は真剣に聞く。話を聞き終え、類は安心したようにほっと一息ついた。
「司くん……。そこまで気にしなくてもいいよ。僕は言葉で聞かなくても司くんが僕を想ってくれているのはわかっているから」
「……そう、なのか?」
「ああ。例えば、僕が名前を呼んだ時に嬉しそうに振り返るときに、休み時間にそっと手を握ると恥ずかしがりながらも僕の手を握り返してくれるときに。そういうときに、『ああ、司くんはやっぱり僕が好きなんだ』と思うんだ。だから、無理に言葉にしようとしなくてもいいよ」
ふわりと柔らかく笑いながら類は言う。今言ったことは本心なのだろうというのも、その表情を見ればわかる。
類の言葉にオレは一瞬安心したが、すぐに「本当にいいのだろうか?」と不安になる。
だって、オレは類にしっかり「好きだ」と口に出して告げられると、嬉しいから。
言われてすぐは心臓がバクバクと高鳴り、落ち着かなくなる。しかし、それ以上に自分の大好きな類の声で「好き」という言葉を聞くと、類も自分と同じ気持ちだと知り、飛び上がりそうなほどうれしくなる。
類も同じようにうれしくしたい、喜ばせたい。そう思った瞬間、先ほどまでの戸惑っていた気持ちはどこかに行ってしまった。
「類!!」
「ん? 何だい、司くん……」
「好きだ!! 類が大好きなんだ!!!」
「…………は?」
突然のオレの告白に類はぽっかりと口を開け固まる。しかし、一度口を開いたオレはそんなことでは止まれなかった。
「金色の輝く瞳も、すっと通った鼻も、大人っぽく笑う口も、全部!」
「ちょっ! 司くん、どうし……」
「落ち着いた聞き馴染みのいい声で名前なんて呼ばれようものなら、どれだけ遠くにいても探してしまうし、大きくて白い手で撫でられてしまっては『もっと……』とすがってしまいそうになる! それこそ! キスなんてされようものなら、『もう類のモノになってもいいか』なんてふ、ふ、不埒なことだって考えてしまうし!! オレが名前を呼んで嬉しそうに振り向いたら、『こんなに可愛い人がオレの恋人だ!』なんて世界中に自慢したくだってなる!! それから……」
「ちょっと!! 司くん、ストップ、ストップ!! 一回止まってくれ!!」
一度話し始めれば簡単に類の好きなところが出てくるオレを、さすがの類も恥ずかしいのかストップをかける。その表情は、今まで見たことがないくらい、耳まで真っ赤で、オレにそんな表情を見せないように視線をそらして手で口元を覆っていて……。
「……その表情も、愛おしくて好きだ」
「…………司くん、話を聞いていたかい? 本当に……司くんはそういうところがあるよね。勢いがいいというか……嵐のような……」
一度オレをキっとにらんだ後、類は再び視線をそらしてブツブツとつぶやいている。
そんな類を見ながら、オレも顔を火照らせながら、一つ思った。
「大好き」なんて言葉は、確かに初めは照れ臭くて言いづらい。
しかし、それ以上に言う側も言われる側も、胸がホカホカと温かくなり、嬉しくなる。こんなに幸せな言葉だったのだと、今更オレは知ったのだ。
「なあ、類」
「……何だい」
いまだに顔を真っ赤にしている類に、若干恨めしそうに見つめられる。しかし、指の隙間から見える口元は緩く弧を描いており、どこか嬉しそうだ。
やっぱり、こんな幸せな言葉、言わないなんてもったいない。そう思い、オレは類に言う。
「明日から、たくさん『好き』と言ってもいいか?」