運命の女の流れ星「おはよう、ドラルク」
目が覚めたときに誰かが自分の顔を覗き込んでいる。それは幼いころには慣れ親しんだ光景だった。ノースが家庭教師になってから、確か15歳を超えたころからそれは殆どなくなってしまったものだった。年頃の娘が例え親族であってもみだりに寝起きの顔を見せるなとかなんとか。淑女なら恥じらいを覚えろと言われて腹が立ったのでおじさまの棺桶を陣取ってやったら物凄く怒られたのを覚えている。確かに見知らぬ相手にやってはプロポーズをすっ飛ばした大変なことになってしまうけれど、おじさまなら問題ないのに。
だって、お父様だけでなく、ゴルゴナ叔母様にお祖父様だって目覚めた私が一番に見るものでありたいと言っていたのだから。
「おはようございます。御真祖様」
確かにベッドで眠りに着いたはずだった。私は狭い所の方が好きだから棺桶以外で眠るなんて落ち着かないと思っていたけれど、おじさまのチェリーボーイは催眠術でもかかっているのではないかと疑いたくなるほどに私に快適な眠りを与えてくれるのだ。疲れていたのもあったが私は今が確かに現在なのかすらも疑っている。眠る前、確かに腕の中にいたはずのオスカーが私を15歳の幼子に戻してしまったのだ。
けれどその姿がなく、きょろきょろと部屋の中を探していれば御真祖様はあっち。とどこかを指示してくれたのだ。そう、どこかで見覚えのあるアームチェアにオスカーが座っていることを教えてくれた。真っ白くてふわふわで、夜明けから守ってくれていた私の騎士オスカーはジョンの先輩であるのに、どうしてだろう。ロナルド君にそっくりに見える。瞳が青いからだろうか?でも昔は狼に変身したお父様に似ているって思っていたのに。
「ドラルク」
「はい。御真祖様」
不安なのだ。今御真祖様が私を覗き込んでいるのは過去のものかもしれない。ロナルド君との赤ちゃんを、あまりにも儚い私の身体で育てきれるのだろうか? 私はちゃんと赤ちゃんを産めるのだろうか? 出産時の痛みで死んでしまったら赤ちゃんは苦しいのではないだろうか。羊水のなかから急に出されて、まだ生まれるべきではないのに外に放り出される恐ろしさを私は知らない。
お祖父さま、わたし、わたしの 現在はどこにあるのですか?
ドラルクは、ロナルドくんとのあかちゃん、死んじゃったから、ずっと復活出来ずに死んでいたのではありませんか?
ロナルドくん、泣いていませんか?
いいえ、いいえ。もしかしたら、ロナルドくんは、もうとっくに亡くなって――。
「ポール、ロナルド君は生きているよ。起きたばかりで記憶が」
寝起きだからか今というものが曖昧になっている。私は幼いころの記録を反芻しながら目覚めてばかりだった。死んで復活するときも、私の塵が失われていなければ記憶の欠けはなく、同じ私として目覚めることが出来るのだが、ふと気を抜くと現在が曖昧になってしまう。同胞どころか、血族ですら私と同じ感覚を持つことはない。御真祖様は近いけれど、それでも私は私としての寿命を同じくしたジョン以外と共にいれば、それが同じ吸血鬼という大雑把な種族や人間であろうと、私はどうしたって置いていかれる側なのだから同じ感覚を持つことが出来ない。
幼いころは死ぬ度に今までの自分が失われるのだと恐ろしくて泣いた。誰にも言えなかった。だけどお祖父さまだけは気付いてくれた。
『お前のばぁばと出会って、じぃじも同じになった』
『おなじ、ですか?』
『うん。じぃじはばぁばが死ぬって分からなかった。もっと一緒だって思ってたのに、短すぎた。お葬式をしてから、今がどこにあるのか分からなくなって困っていたときに■■はもういないって教えてくれたのはドラウスだった』
『おとうさまが?』
『うん。ドラウスがいたから、必死にドラウスに合わせてたのに、それでも分からなくって、一緒にいてって。■■より長く一緒にいてってお願いしたら転化してくれた』
羨ましかった。お父様は私では意味がなかったから。だってお父様も定められた時間しか生きられない。私と御真祖様のように終わりを失った生き物にとって、それは物差しや支えにはなるけれど、お父様は御真祖様のためにそうなったのだ。
だから、ジョンを巻き込みたくなかった。私のような生き物に巻き込むよりも同じ種族と終わりを定められた命を生きる方が良いのだと思ったのに、ジョンは私に会いに来てくれた。嬉しくって、嬉しくって、私はあの子に甘えた。あの子を巻き込んだ。あの子は私が死ぬ度に泣いてくれる優しい子。私の死と生物の死は全く違うのに、同じ重さを持たないのにあの子はありもしない喪失を嘆いてくれる。
そっか、私、あかちゃんに置いてかれちゃうんだなぁ――。
いつかあったかもしれない過去といずれ起こるかもしれない未来が私には酷く曖昧なので、目の前にあるものが楽しければそれでいいのに、良かったのに、やっぱり、さっぱり、現在 を掴むのが難しい。
「ドラルク」
お祖父さまだ。やわらかな闇に包み込まれるような夜の声は夜の生き物である私にとってこれ以上ないほどに安心するもの。この声が呼ぶのなら、何の不安もなくそちらに向かっていけるのだ。
「じぃじだよ」
私の頬を撫でながら幼い私にするように呼び掛けてくるお祖父さまの姿がなんだかとっても可愛らしくって、くすくすと声をあげて笑ってしまった。
「私どれくらい眠っていました?」
「もう10時。随分疲れてたね」
御真祖様に吸い込まれていた夜の気配が月明りとともにバルコニーから入ってくるのが感じられる。昨日の私には眩し過ぎた人工の明かりが、夜の生物に丁度いい暗闇へと変わっていた。今日の月はどんな形だろうか? 昨日はノースディンが迎えに来るのが先か、朝日に焼かれるのが先か考えてばかりで、月がどんな顔をしているのかなんて忘れてしまったのだ。そうでなくともあの街は楽しくって月の満ち欠けが与える昂ぶりよりも、ただ外に出てどこかで起きているだろう騒ぎに首を突っ込んだ方がよっぽど体が軽くなる。
「そうですね。新横浜からここまでの移動も、城の内と外の吹雪もとても疲れました」
ノースディンの不機嫌の証である吹雪は流石にもう止んだようだけれど、御真祖様が来るから慌てて止めたのか、御真祖様が止めたのかは流石に分からない。私がこんな状態でなかったら目覚めてすぐにトーテムポールみたいな雪だるまとかが目の前にありそうだし、かまくらのなかで目覚めていただろう。ちょっと楽しそう。
「ドラルクは、ロナルド君のこと好き?」
「? だいすきです。人間の中でロナルド君がいちばんだいすき! 彼ほど面白い人間はいません!」
なんでそんなことを聞くのだろうか。もしかして、お祖父さまはロナルド君を血族に入れたいのだろうか? それは想像するだけで楽しそうだ。吸血鬼になったロナルド君はきっともっとゴリラになるし、セロリを怖がって町のひとつでも壊して泣いてしまうかもしれない。それは絶対にかわいいぞ。
少し想像するだけでワクワクしてしまう。ロナルド君は赤ちゃんの父親でもあるのだ。彼は人間だからきっとダンピールの子供が生まれる。きっと半田君と仲良く出来るに違いない!楽しみだなぁ。帰ったら早速ロナルド君を噛んでみよう。先に血を飲ませて貰わないと凄く時間がかかるかもしれない。ロナルド君予防接種ちゃんと打ってるし。お父様に噛んでくださいってお願いしちゃおっかな? 赤ちゃんが生まれた後ならお父様だって孫可愛い!とか言ってお願いしたらすぐ噛んでくれそう。
「ずっと一緒にいたい?」
「もちろんです!ドラルクは、ロナルド君と暮らしている時間がずっと続いて欲しいのです。ずっとずぅーっとロナルド君と遊んでいたい」
ロナルド君だってそれはきっと同じだ。私の作る料理を心待ちにするロナルド君。どんなに揶揄って遊んでも私を色んな場所に連れて行ってくれて、楽しいことを一緒にしてくれて、それで、それで、とロナルド君と何をしたのか何が楽しかったのか喉が渇いて死んでしまうんじゃないかってくらいにたくさん、たくさん話した。
「ロナルド君は吸血鬼になるって言ってた?」
「え……?」
言っていない。そんな話したことない。だって彼は私が彼の退治に関わるのが同族殺しにならないのか、なんて馬鹿げた疑問を抱くような無知な若造だったから。捕獲した下等吸血鬼にさえ情が沸くような彼に言語を介して意思疎通の出来る生き物を食料に出来るか、なんて聞いても泣くだけだろうから。でも、それって聞かなくてはいけないことなのだろうか?今は血液パックが自販機で買えて、人間と吸血鬼が同じ食卓につくことが出来る時代なのだから。
「ちゃんと話した方が良い。ここにいるのも言ってないでしょ?」
「でも、ロナルド君眠っていたし、たった1年のことですよ? ジョンにお留守番も頼みました」
もしやこれは叱られている? なんで?
お祖父さまに抱き上げられたまま、その可能性に気付いてしまい少し居心地が悪くなってしまう。何がいけないのだろうか。楽しさを優先して身の安全を取らなかったときも、お父様が大泣きしただけで怒られたことなんてなかった。危ないものに触りそうになっても、大体お父様が大袈裟に騒いでしまうから、一族のみんなは心配はすれど、私を叱るなんてこと、それこそノースディンかゴルゴナ叔母様の娘である私の従姉妹ぐらいだったので、私は叱られ慣れていない。
ロナルド君以外には。
すぐ私を殺す癖に、妹さんがいるからだろうか? ロナルド君は私に対して過保護な一面がある。ジョンもいないのに外に一人で出歩くなとか、気になるものがあるからってすぐに突っ込んでいくなとか、知らない相手と不用意に話すなとか、いったい私をいくつだと思っているのだろう? 確かに私の身長が低いのは事実だ。ロナルド君が妹分と思っているヒナイチ君より小さいし、その分幼く見えるのだろう。けれど私は彼の10倍は生きているし、れっきとした年上なのだ。私と喧嘩をするとすぐに物を私の身長では微妙に届かない位置に持っていくのも私を下に見ている証拠に違いない。売り言葉に買い言葉でロリババア呼ばわりする癖に、自分に都合のいい時だけ年齢をネタにするのはどうかと思う。しかも淑女の年齢を揶揄うとは! ああ、でも私のために新しく踏み台を購入し献上したのは良い心がけだ。あれがないと収納に手が届かなかったり、棚の掃除が大変だったりと意外と困る場面が多い。それにドラルクキャッスルマークⅡの住人で外出をする者で使わないのはロナルド君だけなのであって当たり前なのかもしれない。これからは赤ちゃんも使うし。
「人間はね、私達と同じ時間をともにしてはくれるけれど、彼等の歩みはとても速い」
「……?」
私が生きてきた200年の中でトップクラスに不思議な生き物ロナルド君を思い出したことで、また思考がどこかへ飛びかけるのをお祖父さまがゆらゆらと、むずかる私をゆりかごを揺らすようにあやしてくれた。それがどうにも心地よくって、起きたばかりなのにまた眠りに着きたくなってしまうのを、お祖父さまの身体に額をぐりぐりと押し付けることでどうにか解消していた。
「あんまりにも速すぎて、私達はいつだって置いていかれないように必死で走ろうとするけれど、その歩みはいつだって変わらない。凄い速さで駆け抜けようとするから、流れ星によく似てる。3回お願いごとを願う間もなく彼らは立ち止まって、私達は通り過ぎる羽目になる。その姿があんまりにも眩くって、目に焼きついてしまったらもう駄目だ。その輝きを追いかけずにはいられない。星とかけっこをしても、楽しいと思ったときには、もう燃え尽きている」
お祖父さまの瞳は闇のなかを自由にゆらゆらと揺れていた。その動きはまるで、夜から出たいと言っているようにも見えて、私は少し怖くなった。貴方も私を置いていくのですか? 私達、たったふたりっきりだったのに、貴方まで、と八つ当たりであると分かっていてもなんだか恨みがましい気分になってしまう。私と御真祖様はどれだけよく似ていても、別の時間を生きた別の生き物なのだから。私は御真祖様の孤独に間に合わなかったのだから、本当のひとりぼっちのこの人の元へすぐに生まれることが出来なかった私に責める権利なんてないというのに。
ひとりぼっちって、なんだろう? 私にはジョンがいるから、そんなもの知らない。分からない。気付けない。けれど、御真祖様は知っている。私がひとりぼっちにならないように先に生まれてくれたのだから。
「燃え尽きた星を見たくなくって目を閉じて顔を俯かせても星の方からやって来る」
「ロナルド君みたいに?」
「そう。ロナルド君みたいに」
私の城に勝手にやって来て勝手に殺して、難癖を付けてゲーム機を壊したかと思ったら挙句の果てに城まで破壊した私の星。私の流れ星。3回のお願いってなんだろう?何を叶えてくれるのだろう?あんな乱暴なことしか出来ない癖に高等吸血鬼を居候させる極度のお人好し。それが私の流れ星。
「ロナルド君は、もっともっと騒がしいですよ。落雷とか」
「トランシルヴァニアのお城でよく聞ける」
「ええ。どこにいたって聞こえてしまう響き渡る音なのに、音より先にあるその眩しさは流れ星よりも一瞬で――」
「大きな雨粒を数えながら雷を下から覗いていると、水と電気がパチパチしてるのが、綺麗で楽しい星がずっと見てられる」
「楽しそう‼ ドラルクも見たいです‼」
じゃあ、誰でも幻覚見えるくん持ってくるね。と面倒なアイテムではあるが、台風のなか雷を待ち続けるのは確実に死んでしまうので、事務所でまたロナルド君と見てみたいなぁ。気に入ったらプラネタリウムみたいに棺桶に付けて貰おう。赤ちゃんの分の棺桶を置くか、それともベビーベッドなのかは分からないけど、赤ちゃんにも楽しんでもらいたいな。
「……気付いたら、星は全て消えている。輝きに魅入られた私たちは誰かに置いてかれて、誰かを置いていく。その繰り返し。きっとロナルド君みたいな落雷はもうないよ。似たものを探しても、新しく見つけられた星もすぐに燃え尽きて、何度置いていかれればいんだって考えていたら、ドラウスがいた。それに何よりドラルクが生まれてくれて、同じ痛みを分かってくれたから星を見上げるよりも、一族みんなの顔を見る方が好きになった」
そうか、人間は星なのか。ずっと遠くで光っている過去の姿を私たちは見ているだけ。必ずどこかでズレが生まれる。
「私達に1年は短くっても、人間には長いみたい」
その言葉で私は叱られているのではなく心配されているのだと気付いたのだ。人間と関わり続けて何度も見送ってきたお祖父さまが、沢山の時間を生きたお祖父さまが、たくさん、一族に分け与えてきたお祖父さまが、まるで小さくなろうとしているみたいで――。
もしや、お祖父さま、バグった?
「バグってない、バグってない」
首を横に振って何度も違うのだと否定しながら、手をかざして私の思考を止めようとするので一瞬のうちに全ドラちゃんで拡散された御真祖様バグってる速報はすぐさまデマであると周知されて見向きもされなくなってしまった。これこそが消費社会の縮図なのだ。バグったお祖父さまとかそれはそれで面白そうではあるのだけれど、何を優先するのか分からなくなると流石に困るのだ。
私の目に映るものに違いというものはない。種族としての特徴や種族単位でどこに重きを置いているのかとか、その程度しかないから、庭に咲く薔薇と道を歩く人間の重さに差が生まれることはない。それが血を分けた血族であるとか、毎日手入れを欠かしていない庭であるとかで優先する理由にはなり得るが、私は私だけなのでどこにも重さがない私では人間という星に目を焼かれるということが分からない。
いや、本当に。何にも分かんない。
私にはお祖父さまが何を心配しているのか分からない。人間と吸血鬼の一年にズレがあるということが、どうして私への心配に繋がるのかどうしても分からない。
「それだけ分かればいいよ」
「駄目です! ちゃんともっと分かるように考えますから!」
「こればっかりは体感しないと分かんない」
「誰でも幻覚見えるくん……」
「駄目。ドラウスと雷と雨のパチパチ撮ってくるから」
人間のお友達がいて、人間のお祖母さまとの間に子を成したお祖父さまの記憶を体験してみたら分かるかと思ったのだけれど、軽くあしらわれてしまったので、もうこのお話は終わりなのだろう。それなら、私とロナルド君の赤ちゃんについて話してもいいはずだ。
「お祖父さま、赤ちゃん無事に育つでしょうか?」
吸血鬼は生き物の精気を食らって生きている。だからか外見こそは人間とそっくりでも内臓の造りとかは胎生と卵生ぐらい違ってくる。夜の生き物である私の薄いこの腹に、まさか昼の子との子供が宿るなんて考えもしなかった。基本的に何でも出来る御真祖様の協力と、私が安心して過ごせる場所があれば理論上は生まれてこられるだろう。けれど私の身体は痛みを感じる前に死んで復活する。人間に説明できない死の感覚を自分の胎から生まれるものであっても、人間の子でもある命と共有できるとはとても思えなかったのだ。
「大丈夫。じぃじが魔法をかけたから」
「魔法?」
「うん。ドラルクは体の強度を上げても、驚いたストレスで体を再構築するから、あんま意味ないから、認識をずらしてみた」
「認識?」
「うん。催眠だとドラルクが耐えられないから、暗示を使ったんだけど、ちゃんと成功してる」
目を通じて体の端から端まで覗き込まれている感覚。まだ私の体質が発覚したばかりの頃から慣れ親しんだものではあるけれど、この健診の度にどこかが少し足りないことが発覚してお父様が取り乱してしまうのだけれど、今回は私の方から頼んだことであるし、ここにいるのは御真祖様と私だけなので面倒だと感じる理由は欠片もなかった。
常に私のHPが1だから全回復出来てる利点を、私自身の強度を上げることで潰す必要はないというのは理屈として分かる。催眠に耐性がある私ではかけた相手がお祖父さまであっても、それがいつ解けるか分からず、その瞬間に蓄積していた痛みを感じないために感じていたストレスが一気に訪れたらきっと私自身の再生すらどれほど時間がかかるかも分からない。だから私がストレスを感じないようにストレスに対する私の認識をずらすというのは、逆転の発想が過ぎないだろうか?
だから、私を強くする必要がない方法として私の認識をずらすというのは、理に適っているのだ。まあ、普通なら絶対やらない。古い血の吸血鬼にとって再生はポピュラーな能力なので、あらかじめ血を用意しておけば弱体化は回避出来るのだから、大怪我を負う前に痛覚を鈍らせてから再生を行うというのは、催眠か暗示かの違いはあれど、人間でいう麻酔感覚らしい。前にロナルド君が予防接種を嫌がりすぎてマッドサイエン犬仮面に催眠をかけるか検討されたとか言っていたから確かだと思う。つまり靴に小石が入った不快感で徐々に死ぬ私の感覚を消したという話である。痛みを感じる前に痛いかも、という想像でも死ぬので肉体の脆さが変わらず、危ないことも認識出来ないドラちゃんが爆誕するのだ!
「逆に危なくありませんか?」
「ノースディンいるから平気平気」
そういえばやることなすことメチャクチャなひとだったな。女性の扱いに秀でていて、城から出るときはお父様や一族の誰かに抱かれた状態がデフォルトで、一人で歩くことすら稀だった私を社交界で一曲二曲は踊れるようにした実績を持つノースだからこそ私も頼ったわけだが、想定より難易度爆上がりでは? この件について絶対向こう100年はネチネチ言われるんだろうなぁ。お父様に伝えずに御真祖様を呼んだこととか、まあ無茶を言っている自覚はあるので、お父様より先に生まれたての赤ちゃんを抱かせてあげよう。
「それなら問題はないですね」
こうしてドラドラちゃんのお父様に黙ってロナルド君の赤ちゃんを産もう作戦は完璧な滑り出しを見せたのだった。