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    sumitikan

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    sumitikan

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    さねひめ、手も握りません。モブあり、軽く戦って鬼の首が飛びます。全年齢。ピクブラに同じものがあります

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #さねひめ
    goddessOfSpring

    川息子藤の家を鴉の指令を受けて発った夜、鬼退治をしながら深い山奥に入って行った。葉の茂る森の木立は月の光も届かない真闇を歩くのも実弥は慣れた。ようやく朝ぼらけという頃に、この先の川を渡れば藤の家があると言う爽籟の案内に従った。

    山道を進んで行った。藪が道に被るのを刈った跡があるから、この道はよく使われているのだろう。実弥の耳には瀬音がもう聞こえていた。ぬかるんだ道ともお別れだ、もうじき休める。

    そう思って、川面の見える辺りに人影が数人ある。仔細ありげな様子だった。その中の一人が実弥に気付いて声を掛けてきた。

    「おうい、あんた、橋は流れたよ」

    そんな風に言って手招きをするので、実弥はその方に行った。人が五、六人も固まっていた。

    「何があったんですかァ」
    「橋が流れた。見ての通り、川の水が多くて濁ってるだろう。渡れないんだ。それであたし達はあの小屋に休んでて、そこにあんたが来た。あんたをいれて、ひい、ふうの。これで十人。あんたはどこに行くとこだった?」
    「川を渡った先にある、藤の家に」
    「ああ、瀬田の村長がやってる鬼のあそこか。何の用で?瀬田ではよく鬼払いの祭りなんかやってるがね、あたしの所では鬼なんて見たことないねぇ。あの辺りはよく鬼を信心したものだよ」
    「そうは言うがね、おやっさんも見たじゃないか。あれは鬼の腕だ」
    「あれは人間のだ」
    「じゃあ、なんで右腕だけ二本も落ちる」
    「そりゃぁ……その」
    「右腕が二本だってェ?」
    「ああ。見に行くかい」

    それで、三人で連れ立って右腕を見に行った。木立の葉の上はぐずぐずと湿った踏み心地だった。その先の木陰の中の、枯れ松葉の降り積もった上に右腕が二本、似たような場所にばらばらと落ちていた。傷口には銀蠅がびっしりと集っていた。

    二本とも肩口から落とされている。実弥は足で蠅を追って切り口を見た。よほど鋭利な刃物で思い切りやったのだろう。いい腕だ。

    「……つまり、ここには十一人いるってことかァ」
    「右腕を斬られたのが二人いるから十二人じゃないかね?」
    「十一人だァ」
    「へえ。あんたも瀬田の連中と一緒で、鬼が出るという話を信じる口かい?」
    「俺は鬼狩りだァ。鬼が出るのを知ってるもんでェ」

    実弥が言うと、男二人は改めて実弥を見たようだった。

    「俺は鬼を狩りながら、夜じゅう歩いてここに来たァ。俺と同じように足止め食ってる鬼狩りがいるはずだ。一体誰だァ?」
    「でかい男だ。馬より随分でかい。鎖に鉄球をぶら下げて」
    「あ、分かったァ……」

    馬より大きくて鎖と鉄球のついた鬼殺隊士は、一人しか思い当たらない。悲鳴嶼も飛んだ場所で道草を食わされているものだった。

    「あんたの顔見知りかい?夜中に騒ぎがあった時、すばやく動いて、二度も人の腕を飛ばしておきながらウンでもスンでもない。でかいし、口も重たいし。助けてくれたのはありがたいけど……ま、そろそろ動けなくなりそうだがね」
    「はァ?なんでェ?」
    「飯を食えないから」
    「はァ?なんでェ?」
    「小屋には一日に二度、弁当売りが来てんだよ。酒田の方から来ているんだが。それが大男の連れの女に惚れたようでね。一回でいいからさせてくれっていうのを断り通しで、男の方に飯を売らない手段に出てね。それで三晩」
    「一度くらい減るもんじゃなし、させてやりゃいい。そうすりゃ皆で飯も食えるんだ。なんで断るかねえ、馬鹿だねえ」
    「……眠れそうな所はねェか」
    「小屋に入んな。あたしらは夜眠る、あんたら鬼狩りは昼眠る。布団なんて満足なもんはないから、適当に寝るといい」

    ぞんざいに指された方に小屋がある。茅葺き屋根に草が茂っていた。実弥はそれに向けて歩いた。中に悲鳴嶼が、恐らく隠の女といるはずだった。木立の中は薄暗く、いつ鬼が出ても不思議はなかった。戸は開いていた。

    中に入ってすぐ、悲鳴嶼の背が隠と向き合って何か話している。

    隠の女は口布を取っていて、十代半ばを過ぎた年頃で、愁眉で悲鳴嶼と向き合っているなら食べ物の話でもしているのだろうか。

    小屋の奥に人がいて、ちらちらと悲鳴嶼と隠のことを見ているようだったのが、戸口に来た実弥に注意を向けていた。

    「お久しぶりです、悲鳴嶼さん」
    「その声は不死川か」
    「どォも」

    悲鳴嶼の背筋の伸びているのはいつもと同じだが、声がやつれていた。膝の側に日輪刀が重そうだった。この斧が鬼を二度逃したのは、飢えのせいだろうか。

    隠の女が足のすすぎを準備してくれた。疲れた足をゆっくり洗い、人心地をつけてから悲鳴嶼と相対した。相変わらず見上げる大きさは岩柱として頼もしい。

    「鬼はいつからァ?」
    「最初の夜は気付かなかった。そこは私の失態だ」
    「はァ」
    「一人、溺れたように見せかけて川に引きずり込まれたのが鬼の仕業だ。それ以降は防いだが、出るに出られず……」
    「どうしてェ?」
    「二度斬って、二度逃がしている。そのわけは、人が抱き着いてきて追えないからだ。どけてくれと頼んでも、なぜか必死に縋りついてくる。それに困っている所だ」
    「はァ」

    じっと見えない目を見上げる。悲鳴嶼が対人関係で問題を起こすとは、あまり聞かない話だった。口は重いが人助けをするから信用を勝ち得るのが常だったが。

    「……ちゃんとしっかり食べてますゥ?」
    「いや。この三日ほど、水だけだ」
    「弁当売りが来るのは聞きました。俺が買うんでェ、食べて下さい。それから隠……」

    隠の娘は小さな声ではいと答えて、緊張した様子だった。悲鳴嶼が隠に食事を取らせていることは、何となく察せられていた。彼はそういう男だった。

    「てめェはなんで、ここにいるんだァ?」
    「はい。私は、岩柱様の道先案内と、川を渡った先の山を越えた所にある藤の家へ、手紙を届けに……」

    そう言って、隠の娘はすっかり恐縮しきった態度でその場に頭を下げた。隠たちの実弥に対するこういう態度はよくあることで、実弥もそれ以上は聞かなかった。隠はどこか青褪めた顔でいたし、下手に何か問えば柱に責められたと思い込むかもしれない。これ以上問題がややこしくなると、実弥の頭は考えることを放棄する。ただ鬼を斬ることだけを考えたかった。

    悲鳴嶼が話し始めた。

    「この鬼については既に絶佳が産屋敷家に伝えている。それで不死川が来たのだろうか?」
    「いや、俺はなにも聞いていませんが。橋が落ちて足止め食ってるのは災難でしたねェ」
    「たまにはそんな事もある……」
    「休んで下さい、悲鳴嶼さん。今夜もアンタの力が必要なんですから」
    「ああ。お前も休むなら」

    それで二人でごろ寝した。隠の娘を挟むように守って横になった。何も考えずに眠った。鬼は今頃木陰の中で、人と光を避けているのだろうか。日に当たらず落ちていた腕二本。夜が来れば飢えも極まり、小屋に人を喰らいにくるだろう。

    瀬音を聞きながらうとうとと休んで、ふと人の騒がしさが聞こえてきた。隠の娘が体を起こしたのと、悲鳴嶼がゆっくりと起き上がる気配が聞こえた。昼だった。

    実弥も起きた。刀を腰にした。小屋の表に弁当売りが来ているのが騒がしさから分かっていた。一人、小屋から出て弁当売りを見る。

    人に囲まれた弁当売りが実弥を見たのに微笑みかけた。鬼殺隊一のこわもてが、脅すつもりの微笑だった。弁当売りだけではなく、その周りにいた者も、実弥の様子にぎくりとしたようだった。

    「よォ、兄ちゃん」
    「……」
    「弁当三つ。幾らになるゥ?」
    「三つ?あんた一人で食べるんですか」
    「三人分だァ」

    じろりと見据えると、弁当売りは怖気た。十五銭支払って、竹皮の中に握り飯が二つとたくあん二切れの飯になった。包みを実弥に持たせるとき、弁当売りは名残惜しそうに言った。

    「もしかして、あの盲に食わせるのか」
    「おう」
    「じゃあ、あんた鬼狩りの仲間か。仲間だったら分かるだろう。あの娘を一時でいいから俺に寄越してくれないか?それなら弁当代はいいから」
    「あァ?」
    「いや、飯はもってってくれ。あの盲、俺が頼んだのに、寺の坊主のような聞いた風なことを言いやがって腹が立ったから、飯抜きにしてやったんだ。でかい図体で、あんなのがいると道が狭い。目明きに遠慮して端を通れと言ってやったよ。あんたは良かった。あんたは話が分かりそうだ。あの娘の代金は、あんたに払えばいいだろう?」

    人を守るために鬼殺をしているという意識は実弥の中にも多少はあった。だからこういう時はひどく戸惑わされた。下種の仲間と思われるような面体だと言う自覚はあったが。

    実弥は黙り込んで弁当売りを睨んでいた。こんな者の為に毎夜命懸けで鬼と戦い散る者もいることが、なんとも遣る瀬ない思いだった。周りの人々はこそとも音を立てず、実弥と弁当売りを見守っていた。


    周りの誰も何も弁当売りに言い返さなかった。それが実弥は悔しかった。悲鳴嶼のお陰で皆命が救われているのに、誰一人としてそのことを感謝していないように思えた。松葉の上の腕二本、あの鬼の爪で引き裂かれて命がなかったかも知れないのに、皆のうのうとした態度で実弥と弁当売りの様子を物見高く眺めている態度が憎いと思った。

    実弥は弁当売りをもうひと睨みした。それで、弁当売りは半歩引いて、己の口元を抑えた。言ってはならないことを言ったことに、やっと気が付いたようだった。

    腹の底がぐらぐらと煮えるような心地がしていたのを堪え、小屋に戻った。

    「飯だァ」
    「風柱様……」
    「すまない、不死川」

    二人は起きて、正座して待っていた。包みを渡す時、隠の娘がきれいな土下座をしてから、押し頂くようにした。悲鳴嶼は淡々と竹の皮包みを手にした。
    実弥も上がり、皮包みを開いた。飯とたくあんだ。

    「悲鳴嶼さんは、ゆっくり噛んで食べて下さい、腹がびっくりしねェように。ここ三日、食ってねぇんですよねェ?」
    「ああ。これは、ありがたく頂くことにしよう」

    この小屋に寝起きしている連中の全てが、悲鳴嶼に土下座して感謝して構わない。二晩も守られたのに、それに気が付いていない。それどころか、弁当売りが悲鳴嶼にだけ弁当を売らないのを見物にして、多分賭けていた。

    悲鳴嶼を粗略に扱って当然と言う態度の弁当売りに腹を立てていたが、それを平然として見ていた小屋の連中にも実弥は更に腹立たしさを覚えて憎いほどだった。盲だから何だと言うのか、悲鳴嶼は強くて立派な鬼殺隊の柱だ。鬼殺隊内で彼を尊敬していないものは一人もいない。実弥も彼に文字や言葉を教わった、どこからどこまで出来た人だ。隠の女を守ったのも頷ける。

    飯を食べていない悲鳴嶼が鬼を討とうとした。誰も彼に飯を分けたでもないのに、守ろうとした。その心根の清らかで健気なことを想うと、実弥は居てもたってもいられないような気持になった。

    「……不死川」
    「はい」
    「飯を食べる時は落ち着かなくては。胃腸の毒だ」
    「はい」

    気を静めるために、実弥は深呼吸をした。ほんの二つの握り飯何てさっさと食べてしまえば良かったが、悲鳴嶼の一口が隠の娘と比べても小さい。よく噛んで食べているのは、彼が飢えた経験のあることを実弥に教えた。

    前に聞いた、寺で沢山の子供らと暮らしていた。その頃だろうか、飢えていたのは。悲鳴嶼は飯がないのを苦にしない。身の丈八尺、三十四貫。握り飯二つで足りるのだろうか。それで鬼殺ができるのか。

    「……悲鳴嶼さん。握り飯、もう一個やろうかァ」
    「不死川、ちゃんと食べなさい。食べなくては鬼は切れない」
    「はい」

    飴の一個でも懐に入れておけば、こういう時のほんの僅かでも足しになれたことを、実弥は少し後悔していた。静かに、これだけはふんだんにある白湯を飲んで人心地をつけた。白湯を飲みながら、落ち着いた声音で悲鳴嶼が話し始めた。

    「……川向うの村の者も足を止められている」
    「はァ」
    「小屋のそちらの隅にいる二人連れは、息子の一人が出稼ぎに出たまま戻らないのを心配して、たまに橋のこちらに来るそうだ。その時に橋が流れた」
    「……」
    「あそこの一人は瀬田の向こうにある花岡に向かう途中だった。これも息子が出稼ぎに行って戻らないという」
    「……はァ」
    「表に出ている四人の内の男二人は商人だ。辺りの土地を商う者と、薬を商いにする者だ。ご用伺いに辺りの村を回っている途中だと言う」
    「はァ」
    「二人の婦人は連れで、村長の使いで外に出て、帰る所だった。そちらの二人連れと一人とは、同じ村の顔見知りの間柄だとか……」
    「よく聞き出しましたねェ」
    「囲炉裏の側にいただけだが、皆よく喋る」

    岩柱邸を思い出した。長火鉢の側にのんびり座る、猫を抱えたのどかな地蔵。その空気に気を緩ませて自分のことを何でも話してしまう気持ちになるのだろうか。実弥もそれに引っかかった口だった。

    外から笑い声が遠くに聞こえてきた。橋が流されたと言うのに、のん気なものだった。木陰の中で鬼は生きられる。梢の茂る夏はこれだから気を許せない。

    「悲鳴嶼さん、鬼の特徴はァ?」
    「濡れている」
    「……そういや、ここら辺は雨がァ」
    「いや、雨の匂いではない、川の水の匂いがした。あの鬼は普段は川の中にいて、人を引きずり込んで食べているようだ。水の中は光が届かぬそうだな。昨日と昨々日、私は腕を落としたようだが、もう回復しているだろう。これといって特徴のない、弱い鬼なのだが……」
    「人が邪魔に入ってやれなかったのは聞きましたァ。今回は俺がいるから、挟み撃ちできますよォ」
    「私が迎え撃つ。不死川は回り込め」
    「はい」
    「人はどうしても何が起きているのか目で見ようとする。そうしないと安心できないからだろうが……今のうちに松明を作っているようだな」
    「え?」
    「松脂の匂いがする」

    悲鳴嶼は相変わらず鋭かった。簡単な打ち合わせをして、また横になる。満腹とまではいかないが、腹に食べものを入れて眠れるのは良かった。こういう場所で悲鳴嶼といられるのは、大きな地蔵に見守られながら眠るような心地がした。

    二人の間に挟まって眠っている隠の娘も、すうすうと寝息を立てていた。尊敬される岩柱とこわもての風柱に挟まれて、恐れずによく眠れるものだった。隠の運用については、何か少し注意が必要かも知れなかった。

    小屋の薄情な人々の為に戦うと思うから腹が立つ。隠の娘と悲鳴嶼を守るために戦うと思うなら、臍を曲げていた実弥の性根もどうにか納得するようだった。悲鳴嶼と協力して鬼退治をする。初めて他の柱と協力し合うのだと思うと、意識がそちらの方に向いた。

    刀を抱いて一時、眠りこけた。ぐっすり眠って、ふと気が付いた。誰かが傍にいて、実弥の抱く刀の鞘に手を掛けている。抗うには、しっかり握ればそれで済むことだった。全集中の呼吸の常中をしているということは、それだけで一般人とは懸け離れた力を発揮することになる。

    なぜ懐中の財布ではなく刀を盗もうとするのか。実弥の知ったことではないが、刀がなくては鬼殺もできない。刀を抱く力の強さに、渾身の力を振り絞って奪おうとする。懐の財布なら、多分気付かなかった。

    あまりにしつこい。実弥も体を起こしたところ、ぎょっとした足取りが二、三歩下がった。小屋の中は五人ほどが遠巻きに様子を見ていた。

    刀を握って離さなかったのは、小屋の隅にいた、出稼ぎに行った息子を慕って橋を渡ったと言う二人連れのうちの一人の、まだ子供のようだった。

    「何の用だ」
    「……か。か、刀が、珍しくって」
    「これァ俺のだ。てめェのじゃねェ。何で盗もうとしたァ」
    「み、見たかった。見たかっただけだよ」
    「寝てる奴から分捕ってかァ?行儀が悪ィな」
    「……」
    「いいか餓鬼。こいつは遊び道具じゃねェんだぞォ」

    そう言って、じろりと片割れのいる方を見た。かれは実弥の怒気に怯えたように頭を下げた。

    「これは申し訳ありません。お偉い方お方に、相済みません。うちの子が、飛んだご迷惑をおかけして」
    「てめェが家族なら泥坊を止めてやれよォ。次やりやがったらぶん殴るからなァ……わかったかァ?」
    「はい、はい。申し訳ありません」
    「俺は寝る。邪魔すんなァ」

    そう言って、実弥は悲鳴嶼の日輪刀を一瞥した。あの重たい鎖と鉄球と斧は無事のようだった。どうにかしようにも、尋常の力で移動することが出来るような代物ではなかったが。隠と悲鳴嶼の寝息を聞いて、ふっと溜息をついた。

    まだ夜まで時間がある。休まなくては、鬼殺の妨げになる。横になり、しっかり刀を抱いて寝た。あの子供がなぜ実弥の刀を欲したのかなど、どうでもよかった。悲鳴嶼と隠の為にここに出ると言う鬼を斬る気でいた。そして夜明けに川を渡り、こんな湿気た小屋のことなど忘れられればそれで良かった。


    爽籟の声が立て続けに聞こえて目が覚めた。ひんやりした夜が分かり、実弥は起き上がった。誰かが鴉がうるさいとぼやいていた。小屋の中はいつしか人がぎっしりと座っていた。それでいて誰が何を話すでもなく、ただぼんやりと夜の時を過ごすつもりでいるようだった。

    悲鳴嶼と隠はもう起きていた。誰かが彼に握り飯の残りをやったようで、それを食べていた。彼の横にいた隠が、竹皮の包みを実弥に差し出してきた。

    「風柱様、これを」
    「……てめェの分は?」
    「もう食べました」

    信用するしかない。実弥も白湯で握り飯を流し込むように食べた。先に食べている悲鳴嶼の方がまだのんびりと食べていた。

    「手筈は昼に話した通りだ」
    「はい」
    「まず私が出る。後のことは、場の流れで」
    「はい」

    人のいる前で鬼の首がどうこう言うのはよくないという分別なら実弥にもある。黙って足拵えをして、傍に日輪刀を引き付けて、その時が来るのを待った。鬼は川に、ここに人がいる。必ず来る。

    燈明もない闇が訪れると、人々はその場に丸まって眠るようだった。埋め火の囲炉裏の火だけがどうにか、暗夜の中に赤く見えていた。鬼殺隊の鴉は夜を飛び、鬼を見ると警告を出して鳴く。静かな寝息と瀬音を聞きながら、実弥はじっと待っていた。

    懸念がある。悲鳴嶼は動けるのだろうか、三日飢えた後で小さな握り飯を少し、足りるのか。彼の体は大きくて重い。それがほんの少しの握り飯しか食べていない。あまり期待せず、自分は自分で動くべきだった。少なくとも実弥は飢えた後ではない。悲鳴嶼を守るつもりでいた方がいい。

    そう肚を決めてしまえば、気持ちも落ち着いた。これはいつもと変わらない鬼殺で、ただ橋が落ちて移動出来ない。人目が少しばかりある。そのくらいだ。

    「……鬼が出ますかね」

    誰かの女の声に、悲鳴嶼と隠と顔を見合わせた。
    悲鳴嶼が静かに答えた。

    「出る。四日前の一人だけで満足はしない」
    「それは違います、あの人は流されたんですよ。そのうち下流の村の辺りで見つかると思います。鬼じゃないです」
    「……」
    「鬼なんて出ませんよ。江戸の頃なら兎も角、今は大正ですよ。日本はロシアに勝って、西欧に負けない力を示したほどなんです。それがそんな、鬼だとか、刀だとか、迷信を……」
    「じゃあ右腕二本を、どう説明つくんです」
    「……それは。それは何か、私達はまぼろしを見たんですよ。こういう山の中ではたまにあります。私たちみんな、まぼろしとか、そういう心理的なことで騙されているんです、きっとそうです」

    誰かが叱るように小声で話しかけ、それで戦争のことを言った女の声は止んだ。別の声が言った。

    「何年か前から、そこの川では行方不明が良く出るようになった。川とか森で人がいなくなる」
    「駆け落ちじゃないか」
    「いや、そんな破廉恥な話と違う。年取った者も若いのも、女子供も関係なくとられてく。ここら辺りの村長たちで相談にもなっていて……それが巡査に話しても埒が明かない。それこそ神隠しか妖怪か……鬼、が出るんじゃないかって」
    「鬼なんて……今時に。ばかばかしい」
    「じゃあ右腕が二本落ちてるのを、なんて説明するんだ」
    「三本目の右腕が、今夜落ちるよ」

    半信半疑でひそひそと話しながら夜が更けていた。悲鳴嶼は黙して語らず、地蔵のように動かなかった。隠の娘も土間の隅に固まっていた。実弥は目を閉じ、気配を聞いた。小屋の中の雑然とした不安がる人々の気配。戸外の野生の生き物の気配。しんと静まり返った山の森の夜の気配。爽籟と絶佳の気配。

    濡れた足音が落ち葉を踏むのが聞こえたと思った。すぐ悲鳴嶼が動いた。じゃらりと鉄鎖の音をさせ、立ち上がって小屋を出た。後は人の話し声もひそひそと続いた。あの盲の大男、小便するのにあんな大袈裟な道具を持って、臆病だ。でかい図体だが、蚤の心臓と言うじゃないか。

    こんな人々の中で大人しく飢えていた悲鳴嶼の気持ちが実弥には分からない。暗夜の向こうで鎖が鳴る音を聞いた。かぁんと木を打つ斧の音、空木倒しだと誰かが言った。実弥は静かに立ち上がり、そっと戸外へ出た。悲鳴嶼が戦っていた。

    びいんと鎖が鳴った。斧が木の幹から外れて、悲鳴嶼の手に戻る。見えない目が、暗夜の向こうの鬼を見据えている。回り込むことにした。戦場とは反対側に静かに走る。川を背にして、鬼を追い詰めるつもりだった。

    実弥は夜を走った。爽籟が、目的を悟って翼の羽ばたき音で先導する。勘で根と岩を避けて走った。瀬音を背にしていた。あとは悲鳴嶼と挟み撃ちにすればいい。彼の武器は長くて揺れる。ある程度の距離を取る。

    突然、光りが見えた。誰かが用意の松明を翳して、戸外に三つの光が灯り、こちらを窺うようだった。それで悲鳴嶼と鬼の様子が見えた。斧が振られ、鬼の右腕が飛んだのが分かった。

    そこに絶叫しながら悲鳴嶼の足に縋りつく女が出た。邪魔をされるとは、このことだろう。実弥は走りながら刀を抜いて、斬られた肩口を押えている鬼の首を背後から跳ね切った。ほんの一瞬のことだった。

    慣れたものだった。血鬼術もろくに使わせなかった。爽快感が、実弥は笑った。悲鳴嶼の足元の女は絶望的な声をあげていた。刀に拭いを掛けて鞘に納め、悲鳴嶼の元に行った。彼は足元の女に屈みこんでいた。

    「何を泣くのです」
    「たった今、息子が死んだ!あいつが!!」

    と言って、女は実弥を指さした。

    「あいつが、あいつが!!あいつがやった!!あそこのあいつが!!息子が殺されたんですう!!私の息子、息子があ!!首を飛ばされて……何だってそんな目に!!何も悪いことなんかしていないのに、どうして、どうして、どうしてぇ、どうして首を飛ばされなきゃならないんだ!!私の息子が、可愛い息子が……」

    それで実弥にも事情は呑み込めた。出稼ぎに行って帰らない息子は鬼になっていて、辺りで人を食い散らかしていた。その鬼の息子を庇い立てする家族がいて、その家族に悲鳴嶼は邪魔されていた。

    泣き声を上げる女の元に、人影が二人来た。一人は松明を持って、もう一人は女に残された息子であるらしかった。折り重なるように嘆いている彼らから、悲鳴嶼は立ち上がった。手に鎖と斧が握られていた。それを片手に纏め、もう片手で合掌を作る。

    「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏」

    実弥は突っ立ってその光景を眺めていた。祈る悲鳴嶼の足元で嘆く二人、松明を持つ男が実弥を見て困っていた。

    「何だァ?」
    「あんたらが今、切ったのは、あれは本当に鬼なのか?……ただの人殺しじゃあ、話は済まない。首を飛ばしたんだからな」
    「……うす暗い木立の中じゃなく、光の差す明るいところで確かめて見ればいいだろォ」
    「人殺しは人殺しだ」

    今まで指を咥えて見ていただけの連中が何を言うのか。不愉快な思いになった時、また遠くの道に光りが灯った。その数が五つほど、揺れているから提灯だ。

    提灯に倍する人の足音が山の中を歩いてくる。松明が正体を確かめるように彼らの方に向けられた。

    「てめえら誰だ!」
    「ああどうもこんばんは、どうも皆さん。こちらは鬼殺隊の隠部隊です。私は隊長をしています後藤と言いまして、夜分遅くにお騒がせしました、どうも。うちの隊士が……」

    一個分隊ほどの隠がぞろぞろと、半ばは山小屋の方に向かっていた。あそこで朝まで休むのだろう。

    実弥は女の慟哭を見下ろした。啜り上げて泣いている二人は家族であった鬼に同情し、鬼が人を食うのを何くれとなく助けてきたようだった。人殺しの手伝いをしてきたが、国の法では裁かれなかった。悲鳴嶼が泣いていた。

    「嗚呼、なんという哀れな親子だろうか……なんと哀れな。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

    二人に掛ける言葉はなかった。実弥は惡鬼滅殺の為に生きていたから、鬼に誑かされて人生が狂った人の気持ちは、そういう複雑なものは手には余ったし、簡単に手を差し伸べていいものだとも思えなかった。悲鳴嶼の立ち位置がいい所だ。離れて同情し泣いている。彼は自然とやっていることで、わざとではない。

    悲鳴嶼が子育てをしていた頃は俗事に塗れていただろうに、所作や情動からはいつも清げな匂いがしていた。現実から一線隔てた一段高い所にいる人のように浮世離れをしているように見え、それは隠たちも同じように感じているらしかった。


    藤の家に悲鳴嶼と二人で着いて、卵粥が出たのは良かった。前に来た柱は女の身で八人分は食べたから、男二人の柱はどれだけ食べるのか、戦々恐々としていたと言う。悲鳴嶼は微笑んで話を聞いて、普通で良いですと断りを入れ、それで家の者も安堵したようだった。

    飯と風呂を済ませ、床が用意されている。悲鳴嶼の体格を見て布団が縦に並べられていることを教えてやると、少し喜んだ。岩柱邸にある悲鳴嶼の布団は特注で、足を伸ばして寝られるのだが、そこ以外では縮まって寝なくてはならない。ご苦労な体格だった。

    横になり、悲鳴嶼はすぐ眠りについた。実弥はしばらく起きていた。小屋で怯えた人々から粗略に扱われながら、静かな抵抗で女の隠を守っていた悲鳴嶼を、尊敬はもちろんあるが歯がゆさを感じていた。

    どうしてもっと強く出ない。大きく迫力のある男なのだから、もっと大胆に出ていいはずなのに、悲鳴嶼は決してそうしない。人を相手にその力を振るうことはない。人を騙して鬼に食わせていた者を哀れむ気持ちが実弥には分からなかった。

    悲鳴嶼の心の清いのは実弥にもわかる。彼を濁そうとして手を突っ込んで掻き回しても濁らない。彼は飢えを盾にとられても、少しも揺らがない心根を持っていた。不思議な透明さのある信頼感だった。ぼんやりと、悲鳴嶼の寝顔を見ながら実弥は寝こけた。岩柱邸で暮らしていた半年の夢を見た気がする。随分優しくて幸せな、字を学べば学んだだけ認められ、気恥ずかしい照れと嬉しさと。

    悲鳴嶼といると、いつもの自分ではなくなる気がした。それが吉凶どちらに出るか分からない占いだった。自分たちの私的な関係も、あの半年で終わったはずで、それは悲鳴嶼も分かっているはずだった。お互いに、いずれ鬼殺の果てに散る命だという思いは同じで、そこが気楽な関係だった。

    悲鳴嶼といると何でこんなに気が緩む。実弥は寝ぼけ眼で起きた。ぼんやりと腹を掻く。物凄く久しぶりに油断している感覚があった。それもこれも悲鳴嶼がいて、彼に気を許しているからだった。尊敬しているが、それだけではなく。

    「起きたか」
    「おはようございます、悲鳴嶼さん」
    「ああ、不死川はよく寝ていた。この村に来るまで山歩きが続いて、それで疲れていたのだろう。休みが出たからゆっくりしよう」
    「休みィ?」
    「川の下流で大きな橋が落ちたそうだ。その関係で、数日隊士を動かせない。連絡が来るまで待機だ」
    「ふゥん。休みねェ……休みかァ」
    「これが街中ならば遊びに行く先もあったのだろうが、山奥に私と二人ではつまらぬだろう」
    「いや、そんなこたァないですよ……」
    「何をして暇潰しをする。私は花札もできぬし、賽の目もわからない。昔、子供に教わってあやとりを勘でやったな」
    「ちょっとォ、俺ァ子供じゃないですよ。ひでえなァ……百人一首でも、あれば読み聞かせてあげましょうかァ」
    「そうだな」
    「歌い方教わったんです」
    「ああ、そうだな」

    悲鳴嶼が眉尻を下げて笑顔でいる。岩屋敷で長火鉢の側に猫を抱えていた時と変わらない慕わしさを感じて、実弥も微笑みかけていた。地蔵に似てる甘い所を見せてくれたのが悲鳴嶼を好きになった切っ掛けだった。

    腹の底を煮え立たせた怒りのことは忘れていた。あの無理解から藤の家に抜け出したのは良かった。後のことは隠と産屋敷の仕事で、実弥と悲鳴嶼は新たな鬼殺の為に英気を養う。

    食事を取り、長い夜を過ごす。百人一首は置いてなかったから、悲鳴嶼が覚えている歌を実弥が聞いて歌った。酒が出されて、少し飲んだ。女が必要かとへりくだった聞き方をされ、実弥は首を横に振り、悲鳴嶼もいらないと答えた。

    二人になって、ぬるい酒が半合ほど残っているのを持て余しつつ、二周目の歌を歌って聞かせる。夜は更けていて、鬼もいなかった。家の者も寝ただろう、ひっそりと静まり返っていた。

    歌い終わって、じっとしていた。悲鳴嶼は膝の上に盃を温めて、眉尻を下げて油断して、少し微笑んだ。

    「何ですゥ?」
    「……楼閣でも歌うのか」

    質問が浮世離れしていて、いかにも悲鳴嶼らしかった。実弥は頭を掻いていた。浮世のことを話しても汚れることはないだろう。話しにくいのは実弥の中にためらいがあるからで。

    「ええまあ、そりゃまあ少しはァ……」
    「そうか。女と一緒に歌うのか」
    「違いますよォ、一緒に声をあげるのは子供と歌う時でしょォ。小学校じゃないんです、楼閣ですよ。俺もちょっとは歌ったけどォ、とんでもなく上手い男も女も聞かせてくれて、歌うのが気恥ずかしくなりますよォ」
    「そうか、楼閣には上手が通うのか。だが岩屋敷で聞いた分には、お前は上手と思ったのだが」
    「ハッ。ほめ過ぎだァ、あんなもん……」

    照れてきて、実弥は盃の酒を一気に飲んだ。いい酒だった。悲鳴嶼に歌を聞かせて楽しんで、ここに女がいたのなら布団の中に連れ込んで。女を断ったのは、その気にならないからではない。悲鳴嶼が断るからだ。情を共にした事があるのを思い出に、今宵は甘い。

    艶っぽいことを柄にでもなく口にのぼせて、悲鳴嶼も膝の上に温めていた酒を飲みほした。行儀よく盃を両手持ちしているのが彼らしかった。ちろりから新たに注いでやる。ついでに自分に酌をする。

    「昨日は鬼が二匹いたなァ……」
    「先にそう言えれば良かったが、じっとこちらに注意を向けていたものだから、言うに言えなかった。済まなかった」
    「いえ、俺はいいんですよォ。引っ掛かって大変でしたねェ。あれは俺の案件でしたよォ」
    「不死川の案件か……」
    「二匹いても俺なら楽勝で捌いたけどォ。あれに引っ掛かったのが、なんだか悲鳴嶼さんらしいなァと思いました。俺が来なかったら、どうなっていたんですゥ?」
    「その対策に、隠を沢山呼んだのだ。彼らに親心を抑えていて貰おうと思っていた。そうすれば後は首を落とす一瞬だけで済むことだ。その後で憎まれようと構わない。南無……」

    飲みさして、また膝に置く。酔うより味わう酒だった。女親の泣き声を実弥は思い出していた。実弥にはあんな泣き方はできなかった。母の死に涙の一粒も零していない。乾き切った風のようなものが心の中に吹き荒ぶばかりだった。母と子の情を見て、思い出されることが多く心の中に降り積もっていた。

    悲鳴嶼がはらはらと泣いているのを眺めた。退治した鬼子と親心を思いやって泣いているのだろうか。彼の涙を肴に酒を飲んだ。

    「また、雨が降ってきた」
    「そうですかァ?俺には聞こえませんけどォ」

    実弥は立って、座敷の窓を半分開けた。庭の葉を打つ雨音が聞こえて来ていた。悲鳴嶼の勘の鋭さに舌を巻く思いで、そのまま雨音のする窓の側に座った。雨に打たれる落ち葉の匂いが漂ってきていた。

    悲鳴嶼は袂で目元を拭った。油断した顔で、実弥のいる辺りをじっと見ていた。入って来た風で行灯の灯が少し揺れた。夏の夜の涼しい雨に、秋の到来を少し感じていた。

    関東の山奥で贅沢をして、今日は鴉は来なかった。明日も多分休みだろうか。爽籟はどこで羽を休めているのだろう。

    「……実弥。体が冷えないか」

    ぎくりとして悲鳴嶼を見た。盃を持った手を膝の上に、上座に座って大人しい。夏の夜気が雨の匂いの風を運んで、涼やかだった。

    名前を呼ばれてどぎまぎしていた。半年間の岩柱邸でのことをどうしても思い出してしまう。悲鳴嶼はあの時の情からも自由なのだろうか。澄み切っていて逆に恐い。

    「お前との思い出を、私は大事にしているよ」
    「それは俺もそうですよ」

    透明なだけではない、暖かな男だったと思い出す。実弥は窓際で酒を飲んだ。同じ思いでいたのが嬉しかった。好きになって良かったと、子供のような喜びが胸を満たした。悲鳴嶼が微笑んでいた。今夜はまだ発たずとも良かった。
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