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    sumitikan

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    げんひめ。鬼殺後、藤の家。悲鳴嶼の物思い。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #げんひめ
    genhime

    玄妙な寂静と悲鳴嶼が鬼殺を終えて藤の家に着いた頃、寅の五更にはまだ間があった。現代風に言えば午前三時か四時頃だ、というのが空と風の具合から盲目の身に季節が触れる。藤の家の者は心得たもので明け方前のこの昏さの中で起きて鬼殺隊士を待っていて、こんな手遊びがありますよと古い竿を渡された。

    どこの瞽女の残したものか、月琴だった。悲鳴嶼も田舎で聞いた覚えがある。風の音の合間に悲しい音が聞こえたものだった。都会なら雅に聞こえたかもしれないが、地元の辺りは寂しくていけなかった。子供が悲しがって泣く種になる。

    指ではじいて、音が違う。爪で弾いていたのだと初めて知った。それで玄妙な寂しさの弾ける音になる。斧と鎖と鉄球の物凄まじい日輪刀を扱う無骨で、壊さないよう。

    あまり強く弾くと古い弦を痛めそうでそれが恐くて、悲鳴嶼が弾く手はつたないながらも聞き覚えた旋律をどうにか奏でた。

    「下手だなぁ、悲鳴嶼さん。あんまり下手ですよ」

    声も気配も不死川玄弥。無防備過ぎて分かりやすい。悲鳴嶼の前で何を隠しても無駄と悟りを開いてからは野放図で、目の見えない師匠に対して無遠慮に親切だった。

    「まあ、そう言うな。して見なければ芽の出よう筈もなし」

    玄弥の前で、下手に弦を爪弾いてみる。くすくす笑う。この年頃は何が起きても楽しい事に替えて終う。己がその年頃だった時もそうだ。飢えている癖にひもじさはなかった。明るくて底抜けに貧乏で毎日笑っていた。

    「玄弥。月琴とは、どのように扱うのだ?」
    「指じゃなくて爪を使って弾くんです」
    「爪。爪か。だがこの爪では強すぎる。やさしくて柔らかい爪でなければ、弦を傷つけてしまうんじゃないか」

    そう言うと玄弥はくすぐったそうに笑った。

    「柔らかい爪はないかな」
    「そんなの、ないですよ。ここらには小石か木の枝か葉か。松葉でも使いますか。松脂がついたらもう音が響かねえのかな」
    「撥を使うのではないのか?私は触れさせてもらったことがある、三味線の撥に。あれが弦に触れて音を出すのだと、強くしても大丈夫そうだった」
    「いえ、月琴は爪ですよ。優しく弾くんです」
    「だがその用の爪がないと、弦を傷つけてしまう」

    また玄弥はふふふと笑った。楽しそうにいぎたなく寝転んで言う。

    「俺ね、おふくろから、玄弥の玄って呼ばれてたんです。玄ちゃんって」
    「……」
    「悲鳴嶼さん。俺はそんなに簡単に傷ついたりしませんよ。柔じゃないんです」
    「……」

    それは知っている。弦と玄で勘違いしたか、若者の寂しさを聞いて悲鳴嶼は黙然としてしまう。玄弥は鬼喰いをして身を鬼に変化させて鬼を狩る。強い男だった。鬼喰いをしていたら鬼に変じてしまうのではないか、という恐さを抱いて鬼を喰う。悲鳴嶼にはない強さだった。悲鳴嶼は自然に強かったから、玄弥のような決死の思いで鬼に文字通り食らいつくような真似はせずに済んでいる。

    あるのはこの両の拳。この拳で、鬼の頭を叩いて割った。丁度この刻限をずっと、鬼が復活するたびに叩き割った。おかげで悲鳴嶼は生卵が食えない。掌にかしゃりと割れる卵の殻の感触が、鬼の頭蓋骨を割る感触と酷く似ていて。

    「師匠」

    玄弥の手が手に触れた。月琴の端に付いていた爪を見つけて、弾く指先に持たせてくれた。そっと奏でる。玄妙な悲しい音が弾けて散った。

    「清国から来たそうだ」
    「しん?どこです?」
    「大陸だ」
    「ああ?朝鮮だか清だか、そんなの知りませんよ俺……鬼出ないから行かないし」
    「朝鮮は別の国だ。話によれば清国は列強に腑分けされる魚のようだと聞いている」
    「悲鳴嶼さんにそんな話する物好きがいるんですか」
    「お館様と隠が私に世の中を教えてくれる」

    そこで言葉を切り、悲鳴嶼は一弦を弾いた。半音階の悲しげな音だった。

    「それで、お前はどんな世間を私に教えてくれるのだ?」
    「……あっ」

    玄弥は笑って飛び起きて、悲鳴嶼の前に正座した。

    「俺、今日は強かったんですよ!」
    「ほう」

    そこに膳が運ばれて来た。玄弥は語りながら箸を手に取り、頂きますを聞きながら、熱い味噌汁を悲鳴嶼は啜った。今夜の活躍を玄弥は頻りと物語った。鬼殺隊の活躍する世間は夜だ。戦いは初更から始まって、最期が五更の者もいる。悲鳴嶼は出来るだけ多くの鬼殺隊士に夜を駆け抜けて欲しかった。人が夢を見る刻に、夢を食い荒らす鬼を切る。

    もうじき、明時を告げる鶏が鳴く。

    膳の上のものを玄弥は食べたが、鬼喰いが祟ってか、食べきれたものは少なかった。悲鳴嶼は玄弥の申し訳なさそうな気配から、食の細いのを察していた。鬼の気配が少しずつ玄弥から消えていく朝。

    「……玄弥」
    「はい」

    朝食を食べ終わり、湯を使い体を清めた朝を迎える寅の刻限、月は落ちていた。悲鳴嶼の問う前に玄弥は鼻先からうなじまで朱に染めて問答を待っていた。

    この所会うたびにしていたから、今朝もそうだと知っている顔を俯けている気配が分かる。若者の初々しい羞恥だった。

    「おまえはこれから休む前に、私の体を確かめたいか?」
    「……したいです」

    羞ずかしそうに玄弥は言う。師匠の体を覚えてまだ三月ほどだった。覚えは早くて、悲鳴嶼は実弥に少し遠慮した。人生で初めて情を交わしたのが、一回り以上も年の離れた少年に、大人が体を拓くのはいけないと分かっていた。

    玄弥が岩屋敷まで来た道を哀れに思う。兄に拒絶された悲しさを思う。玄弥のひたむきな兄を思う情熱を思う。悲鳴嶼が見込んだのは、鬼を喰うほどの玄弥の強さだった。鬼と相対して己が生に奮い立ち、その場を鬼喰いの道で鬼を凌駕しようとするその心根が、どうしようもなく好きだった。

    悲鳴嶼以上に拙劣な手で、玄弥は悲鳴嶼の肌に触れる。その可否は問わず、思うがままに任せて抱かれる。玄弥が鬼を喰った後は人を喰う方がいいと思えて、それでいて女は駄目だった。花柳病に侵された女は特に駄目だと悲鳴嶼は思っていた。その女自身が悪い訳ではないが、玄弥に食わせたい人の肉の味ではなかった。

    玄弥が喰らってもいい人の肉を考えて、そこにいたのは自分だった。齢二十五を超えてなお清童である自分の肉。老いているが清いなら、玄弥が食うのに相応しい。

    「ひ、めじま、さん、ひめじま、さん」
    「玄弥……玄弥。落ち着きなさい。私は逃げない」
    「すっげえ暖けぇっ……!」

    兄によく似た東京弁で口走り、悲鳴嶼に抱き着く背を宥めてやる。まだ大人には幼い逸物をいきり立たせて悲鳴嶼の後孔を穿ち貫く力加減が蛮勇だった。いつまでも抱き慣れなくても、悲鳴嶼はこの鬼喰いの悲しい人を庇うのをやめない。

    人で在れと抱かれることで呪文を掛ける。玄弥は人だ。悲鳴嶼に情欲を抱く人なのだ、と。

    「すっげえっ、柔らけぇえっ……師匠、師匠、」
    「……体の肉は力を抜くと解けるものだ。お前は細くて、不安になる抱き心地だ」
    「俺いつか師匠みたいな体になって、師匠を安心させますよ。絶対に」
    「楽しみにしてる」

    かつて夜を流して去った月琴の音が物悲しく言う。玄弥が夜に染まり鬼に近付きつつある悲しさを悲鳴嶼は知っていた。この鬼喰いを続ける限り、いつかの朝に彼は散る。まるで鬼のように。

    こんなに悲鳴嶼の尻に生の喜びを溢れさせている彼が。厭わしい鬼になるのが信じられずに。この世には神も仏もいなかった。悲鳴嶼は残酷を知っているから、この勇敢な若者にせめて自分を捧げよと。

    この朝は泣く鶏もなく夜が明けた。
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