『その夜にー寂乱ー』 いつも見下ろしていた君を、初めて見上げたのかもしれない。
中王区の更に中心部、2thDRB決勝が行われた施設の廊下を、寂雷は一人出口向かって歩いていた。
大会後招集されたチームリーダーのみのミーティングも終わり、今日はもうホテルに戻って休むだけだ。そして、明朝にはこの地を離れる。
先に戻るように言っておいたけれど、あの二人はちゃんと帰ってくれただろうか。
物問いたげにこちらをみていた二人だけれど、今夜は二人が二人だけで過ごす時間も必要だと寂雷は感じていた。
もちろん、自分にとって二人は大切な仲間であり二人にとっての自分もそうだと自負しているけれど。それだけでは飲み込みきれない感情があることもまた、理解していた。
自分を一途に慕ってくれる二人を思い出して、胸の奥に暖かな風が吹く。大切な、大切な仲間だ。
「思い出し笑い?ジジイキモーイ」
「……飴村君」
不意にかけられた声に顔を上げれば、見慣れた桃色の髪の彼が、見慣れないスーツに身を包んで壁に凭れていた。
こちらを見上げて、いつもの人を喰ったような笑みを浮かべている彼に、自分もいつものようについ言い返しそうになった言葉を喉の奥で飲み込んだ。
今は、それよりもまず言うべき言葉がある。
「優勝おめでとう。見事な勝利だった。」
会場でかけた言葉を繰り返せば、彼はわかりやすく眉をしかめる。
「……本気で言ってんの、それ。」
「私は、君に嘘を言ったことはないよ。」
「そうだった。
腹立つくらい正直者だったよね、ジジイは」
言いながら、自分へと歩み寄る彼を見下ろす。さっきまで手の届かなかった高みにいた彼に、伸ばす手は情けないほど震えていた。
柄にもない。そう自嘲してみても、彼に対しては最初から自分らしく在れたことなどなかったことを思い出す。
「もう……私の手は君に届かないのかな。」
こうして、触れることはできるのに。
「ふふん、ジジイはもう諦めるんだ。あんな大見得切ったくせに」
なのに、どこまでも楽しげに、軽やかに彼はうたう。
「それは……」
「どこまでも、いつまでだって追いかけてみせろよ。俺を、救うというのなら。」
不穏な台詞さえ楽しげで。彼が紡ぐ言葉は何故か素直に耳に響く。
「これで一勝一敗。こーいうのを『互角』って言うんでしょ。
追いかけさせてあげる。……必死になってみろよ。」
『俺』に、必死になってみろ。
不意に覗く、彼の本音に胸がさざめく。
かつて彼が為したことは消えない。
その結果が自分を苦しめても。
彼自身を否定することはついぞ出来なかった。
……もう、間違えまい。見失うまい。
その足で、大地を踏みしめ立つことを知った君を。
それを成したのが自分ではないことが悔しいと。そう想えるから。
「では、遠慮なく捕まえさせてもらおうか。」
「ぎゃあっ!そーいうことじゃない!」
ようやく、ここがスタートライン。
何も終わっていない。始まってすらいないけれど、それでも、歩き出すことは出来る。
違う道を、違う想いを、私達はそれぞれに抱いたまま。
絡み合うらせんを、描いていこう。