慕情 ふと書類から顔を上げ、時計を見るともうすぐ日付けが変わるところだった。手元の灯りがぼんやりと古い書物の背表紙を照らしている。『あの方』が本棚から選んで勧めてくれる書物からは、ほのかにサンダルウッドの香りがした。
あの方の香り…今は自分がその香りを纏っている。
胸元に落ちる自分の髪は淡い金色をしている。あの方の月明かりのような色の豊かな金髪が風に靡くのを見るのが好きだった。200年以上を生きた老人だとは思えない、凛々しい後ろ姿をいつも追いかけていた。あの方のように自分も…と研鑽を深めてきたつもりだった。結局自分はあの方に選ばれなかったのだけれど。
己の中に宿した『黒い自分』を、私は自覚していた。そしてその暴走に抗えなかった。
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