ゆめ それが十分程度の睡眠であろうとも、休める時に小刻みに睡眠をとっているので日中眠くて仕方がないということはない。
そもそも仙人ゆえ、睡眠などあまり取らずとも平気なのだ。
……そのはずではあるのだが、業障の影響か、たまに自分が知らぬ間に落ちている時がある。草むらの上、岩の影、木の下……はっと目を覚ますと、自分の思っている場所ではない所にいることがある。
そう、例えば。
「目が覚めたか……?」
「う……」
薄ら瞼を開けた時、心配そうに揺れる石珀色の瞳に覗かれていることがある。気付いた瞬間に一秒と経たずに起き上がろうとするのだが、こういう時は大抵、逃げられないようにがっしりと抱き留められている事が多い。
「し、鍾離様……」
「おはよう。魈」
不敬にも鍾離の二の腕を枕にして、己は懇々と眠りこけていたらしい。なるほど、よく眠れた訳だ。わざわざ気配を消して、その辺で眠っていた魈を抱き上げて介抱したのだろう。
「具合はどうだ?」
「問題ないです。だから、その……起きます」
「もうしばらくこのままでも良いぞ?」
「鍾離様の腕が痺れてしまいます……」
何時間くらいこうしていたのだろうか。辺りは明るく日中だというのはわかるのだが、自分がいつから眠っていて、鍾離にこうして抱き締めていられているかはわからない。
「なに、さっきお前を見掛けたところだ。問題ない」
絶対嘘に違いない。そもそもここはどこだろうかとよく目を凝らして見ると、あろうことか、鍾離の寝台にいるとわかって即座に身を硬くした。
「我は……鍾離様の邸宅に来ていたのですね」
「そうだな。眠ろうとしたらお前が落ちていたので驚いた」
「申し訳ございません……」
「いい。ちょうどお前は息災にしているかと考えていたところであったから、顔が見れて嬉しく思う。それにこれは夢だ。ゆっくりしていくといい」
「夢……?」
「そう、夢だ」
夢は願望を映すとも言う。知らぬ間に鍾離に会いたいなどと思ってしまったのだろうか。前に会ってから、少しだけ日が空いているように思う。鍾離は楽しく凡人の生活を過ごされているのだろうかと、ふと考えることは確かにあった。
「疲れているのだろう?」
「疲れてなどは、おりません……が……」
鍾離の言葉を聞く度に、段々瞼が降りてくる。手套をつけていない、鍾離の少し骨ばった指先に髪を優しく撫でられている。鍾離が魈の髪に触るのを好んでいると気付いたのはいつだろうか。硬いようで柔らかく細い髪が好きだと言ってよく触れているように思う。
「しょうり、さ、ま……」
鍾離の手のひらが、魈の瞼を覆った。
落ちてしまう。夢の中であるのならば、もう少しだけ話がしたい。どうして我を傍においてくださるのですか。あなたが他の夜叉にこのように触れているのを見た事がありません。どうして、こんなにもぬくもりを。われに。どうして、どうして。
「そうか、まだ気づかないのか。おやすみ、魈」
いい夢を。
額に柔らかいものが触れ、ふっと意識が遠のいていく。溺れたくなくて懸命に腕を伸ばしてみると、あたたかい手のひらに包み込まれた。夢であってもこんなことは望んではいけないのだ。体温を感じ、鍾離のぬくもりに触れ、安らぎを得るにはまだまだ程遠い。
「夢の中くらい、少しは自分を許してみてはどうだ?」
鍾離がいくらそう言おうとも、自分の犯してきた罪の数の全てを鍾離が知っている訳ではない。許せるはずがないのだ。それはもうどうにもならない程身体の奥底まで絡みついて、離れることはない。そういう道を選んだのは自分である。
「そうか。しかし、この時間に少しでも安らぎを得られているのなら……いいのだが」
最期はそうであったならと思うこともあるが、本来なら腕の中で眠ることなどありえないとは理解している。声は出していないはずなのに、ぽつりぽつりと鍾離の声がする。
ああ、そうか。夢の中だからなのか。
夢であっても鍾離がそう言うのならば、この夢から覚めるまでのほんの一瞬だけでもいい、どうか、このぬくもりが消えてなくなりませんように。
「夢か」
腕の中でスヤスヤと寝息を立てている夜叉を、気持ちばかり抱き寄せた。
「どんな夢を見ているのだろうな」
魈の思う幸せな夢とはなんだろうか。少しばかり覗いてみたいと思う。魔神戦争が始まる前なのか、夜叉の皆と過ごしていた時なのか。もしや旅人と過ごしている時間という場合もある。もしそうならば、俺と過ごす時間はお前にとってどういった時間なのだろう。もし一時でも安らぎを得られているとしたら、そうしたら、いくらでも傍にいてやれるのに。
璃月港の近くで人が倒れている。
その話を聞いた先へ向かうと、それは魈であった。倒れているというべきか、ただ眠っているというべきか。致命的の怪我はないものの、深く眠っているようだった。
知り合いだ。俺が引き取ろう。
そう話しをつけ、魈を自宅へ運び寝台に寝かせたが全く起きる様子がない。眉間に皺も寄っておらず、悪夢を見ている訳でもなさそうだった。
以前の鍾離であったのなら、眠っている魈を見かけたところで連れ帰ったりはしなかっただろう。傍で見守り、遠くから無事を確かめていただけで良かったのだが、いつしからか、それだけでは足りなくなってしまった。
「これは夢ではないが……でも、夢だと思いたいなら、それでもいい」
夢から覚めた時、傍に鍾離がいることが当たり前になればいい。むしろ、疲れた時にこの家に帰ってくるようになればいい。
そんな夢を思い描きながら、鍾離も隣で眠りについた。