入り口から6番目彼岸にはまだ早い今日に訪れた墓地は、この時期には相応しくないと思う程冷たい風が吹いていた。そのくせ、じっとしていれば鬱陶しく感じてしまう太陽がいる。
彼の為に持参したものはなにもない。
私にとっての弔いは、そういったものではない。というより、そもそもここには”誰も入っていない”のだから、花を手向けようが、線香を立てようが、手を合わせようが、無人ならば意味がない。
でも心の中で常に語りかけ続けるのはとてもじゃないが疲れてしまう。何かに向かってでないと精神が持たなかった。それなのにその対象を自ら処分してしまった事に後から気づいて、仕方なくここに来た。
せめて形だけでもという親族の意向で建てられた彼のお墓を初めて前にして感じたのは虚しさだけだった。今私のしている全ての事に後悔する時が、この瞬間のようにいつか来るのかもしれない。
「笑いに来たの?」
墓に向かって話しかける。風が気まぐれにくしゃみをした。髪が乱れて、どこからともなく舞いあがってきた花びらがふわりと鼻を掠めた。
「お迎えにあがりました」
「…まだ時間じゃないと思ってたけど」
「……○○様」
「いいわ、…ごめんなさい。行きましょう」
振り向けば見慣れた格好をした男が立っていた。いつものように後ろに手を組んで、困ったようにこちらを見ている。
「ここにいると、全てが無意味に感じてしまうわね」
「では何故…?あなたほどの人が、ここに来る事の意味を知らずに訪れたとは思えませんが」
「…そうね。そのとおりよ。でも私だって人間だもの、しくじる時ぐらいあるわ」
「………」
「でも、もういいの。失敗したってわかったわ。それ自体は無駄じゃない」
「…○○様、実はこうして予定よりも早く参りましたのは、あなたとお話がしたかったからなんです」
「…?」
「私は、あなたの事をもっと知りたいと思っています」
彼がそう言うと今度は木々がざわついた。が、すぐに密やかな声に変えて、私達の会話を聞き取ろうとしている。興味津々な雨雲が、同じく野次馬と化した太陽を覆い隠し空を独占した。
「夫の墓の前でそんな事言うなんて、ちょっと意外ね」
「いけませんか?」
「…人の女よ」
「けれど、彼はそこにいないんでしょう?」
風がひゅっと息を呑んだ。二人の対峙は尚続いている。
これまで散々突っぱねてきたこの差し出された手を取ったが最後、後戻りは出来ない。
どう踊るかはきっと、私次第なのだろう。