ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第二部⑰話「姫と鏡」 女王グリムヒルデは城の自室にいた。
目の前には、連れ戻されたスノーホワイト姫の姿があった。姫はきちんと風呂に入れられて、服装は王族としてふさわしいものに整えられていた。
「スノーホワイトや。修行の日々、さぞ疲れたことでしょう。よく耐えましたね。これからは、また一緒に暮らしましょう」
それを聞いた姫の顔は一瞬輝いたが、すぐにその輝きは曇ってしまった。それを女王は見逃さなかった。
「姫や。お前は離宮で出会った青年のことが気になるのですね」
それを聞いた姫が、驚いたように女王の顔を見返した。
「これからお前に大切なことを教えなければなりません。お前にとって、とてもつらいお話になるでしょう。けれど、真実を知らねばなりません」
女王の言葉を聞いた姫は、不安そうに問い返した。
「おかあさま、つらいことって、どんなお話なのでしょうか?」
女王は黙って姫の肩を抱くと、あの魔法の鏡の前へと導いた。
「これは魔法の鏡。真実しか映しません。これから見せるのは、実際にあったことです。しっかりと目を開けて、よく見るのですよ」
姫は訝しげな表情のまま、おとなしくうなづいた。
女王は鏡に話しかけた。
「鏡よ鏡、我が君が亡くなられたときのことを見せなさい」
鏡の中に黄緑の炎が燃え上がり、それが消えるとそこには戦場の光景が映し出されていた。草原の至る所で武装した男たちが斬り合っている。その中に、一際立派な軍馬にまたがった男の姿があった。
「ごらん、あれが貴方の父上、国王陛下ですよ。これから起きることをしっかりとその目に焼き付けるのです」
鏡の中の国王は馬上から戦場を見回し、剣を振り上げ号令をかけている様子だった。
と、その背後から馬上槍を構えた男が突進してくるのが見えた。馬の蹄の音に気づいたのか、王が振り返ったが遅かった。王の胸に槍が深々と突き刺さる。王の体はぐらりと大きく傾ぎ、どっと馬から落ちると弱々しくもがき、すぐに動かなくなってしまった。
ディアヴァルは姫の肩に置かれた女王の指が、強く握り締められていることに気がついた。その黄水晶色の瞳には深い悲しみと憎しみが浮かんでいる。
一方姫は、目を丸くして、ただただ圧倒されているように見えた。
鏡の中で、馬上槍の男が馬上に脚を踏ん張って立ち上がった。
「見よ!汝らの王を討ち取ったぞ!!戦いを止めよ!勝負は付いた!!」
彼は大音声で呼ばわると、あたりを威圧するように見回した。
その声が聞こえた者たちは、驚いて振り向き、なかにはそのすきを突かれて、斬り結んだ相手にそのまま倒される者もいた。
皆が、胸を血に染めて大地に倒れ伏す王の姿を見た。
戦場の喧騒が、倒れた王の周りから外へ向けて波紋が広がるように静まってゆく。
馬上槍の男は戦いが止んだ草原を見回すと、ゆっくりと馬を降り、倒れた王のヘルメットを剥ぎ取った。青ざめたその顔は間違いなく、姫の父王の顔だった。
馬上槍の男は、自分もヘルメットを脱ぐと王の顔を覗き込んだ。その顔は、スノーホワイト姫が知る誰かによく似ていた……。
女王は、姫の肩をつかんだまま言った。
「ごらん。あの顔を。あれが貴女の恋した男の父の顔です。貴女が出会ったのは、貴女のお父様を後ろから刺した卑怯者の息子。けっして恋して良い相手ではないのです」
姫は両手で口元を覆った。その目にゆっくりと大粒の涙が膨れ上がり、ぽろり、ぽろりとこぼれ落ちた。大きな目からこぼれる涙を拭いもせずその場に立ち尽くす姫を、女王は優しく抱き寄せた。
「貴女には、もっと早く仇のことを教えておくべきでした。お父様の最期を見せるには、あの頃の貴女は幼すぎた。それでも、もっと早く教えておくべきだったのです。そうすれば、間違った相手に恋してしまうこともなかったでしょう。つらい思いをさせてしまった私を許しておくれ」
姫は女王の胸に抱かれたまま、呆然とした表情でぽろぽろと涙を流し続けた。
「さ、今日はもうお休みなさい。これからのことはまたゆっくり話しましょう」
そういうと、女王は姫の背中を撫でてなだめてやり、涙を拭いてやると、自室へと送り出したのだった。
【豆知識】
今回の豆知識は、鎧の変遷についての記事紹介です。
王の仇が兜を脱ぐシーンですが、最初は面頬を上げる、と書こうとしたのです。
が、まてよ…時代考証的にそれはどうなんだ?と思って軽くですが調べてみました。
このお話のインスパイア元はDのアニメ版白雪姫ですが、Evil Qeenの服装は概ね13世紀の物だと思われます。(これもいずれ豆知識を書きます。簡単に言うと13世紀前後の未亡人の服装とよく似ています)
ならば、鎧の様式も時代を揃えなければ。
というわけで、「ヨーロッパ 鎧 歴史」などで検索してみたのですが、14世紀以降の甲冑はたくさん引っかかるのですが、13世紀が見つからない(女王の服装について調べたときもそうでした)。
ようやっと見つけた記事が以下のものでした。
⇨イメージとは異なる西洋甲冑のリアル!実戦・競技・パレードの3タイプを知らずしてデザインはできない?【CEDEC 2020】 https://www.gamebusiness.jp/article/2020/09/06/17576.html
こちらの記事で、ヨーロッパの鎧の変遷の図解があって、それを見てこれは面頬は上げられないな、ヘルメットを脱ぐ形だな、と判断して本文の描写になりました。
(この記事、画像引用元と思われる書籍がすごく良さそうなのですが版元切れで高騰してしまって、手が出せません。無念…!)
◆馬上槍(ランス/lance)の使用年代についての参考資料
武器図書館:top>database>長柄>槍>ランス lance
http://arms.cybrary.jp/db/longhandle/spear/lance.html
使用された年代は6~20世紀ということで、13世紀前後なら実戦で使っても不自然ではなさそうと判断しました。
戦闘方法の概略はWikipediaでいいかな…。
ランス (槍) :https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9_(%E6%A7%8D)