猫と怪物 3の表 夢中で本を読んでいる間は、全てから離れていられる。祖父の怒鳴り声から、祖母が母を否定する声から、私を押しつけ合う両親の争う声から、普通の人間たらんと足掻いた記憶から、その道中で人を傷つけたことからも、傷つけられたことからも。
ノックの音が聞こえたので、返事をした。入ってきた二人におはようございます、と言う。目は文字に魅入られたままで。
「お休みになられていないのですか?」
後ろから入ってきた蜂須賀が言った。
「えっと、わかりません。たぶんそうです」
「まずは厠に行ってください。そのままお支度を。辞書は持っていけませんよ」
それは確かにそうだ。辞書はかさばるし、原書はサイズが大きい。辞書などは紙が薄くて持ち運ぶとぐにゃりとする。やはり持ち歩きには文庫が至高だ。それに仕事、仕事。本を読むためには仕事が大事。
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