ライラック黒いモッズコートが、細身によく映えている。実際以上に、身長が高く見える。秀でた額には癖毛が何筋かかかり、時折うっとうしそうに撫でつけるのが、年齢に比べて少し子供っぽい。これが末っ子気質だろうか。
「斎藤」
真っ白な息で、俺を呼ぶ。土方さんの高い鼻の先端は、赤く染まっていた。
「寒いな」
「寒いですね」
手を繋ぐでなく、好きな人と並んで歩く。たったこれだけのことに、俺はどうしようもなく浮き立ってしまう。人目がなければ、道路標識を蹴飛ばしてしまいそうだ。
取り留めのない話。共通の友人のこと、仕事のこと、最近読んだマンガのこと、今後の同棲生活における必需品のこと。
「花、飾りてぇな」
「いいですね」
俺の返事に、土方さんは考えるそぶりを見せる。何かを思い出そうとしているようだ。
「名前は忘れちまったんだがな、気になってる花があって」
「はい」
「赤くて5センチくらいで、ちょうど今時分に咲くんだ。そんなに派手な花じゃぁないんだが」
「逆にそういう花の方が、日常に溶け込みますよ、きっと」
土方さんは俺の肩に手をかけ、何度か叩いた。加減のない力に、機嫌のよさを感じる。痛い。
「その花、二月まで残ってますかね」
「残ってなかったら、来年飾りゃいい」
来年のことを考えたら鬼が笑う、と言うが、俺の鬼は来年のことを口にして笑う。
俺も細い腰に腕を回して、脇腹を叩く。
「痛ぇよ」
「お互い様です」
何がおかしいのかわからないが、笑いが止まらない。酒も飲んでいないのに。
いや、多幸感に酔っているのか?
俺は少し背伸びをして、形のいい耳に囁きかける。
「したくなりました」
「お前もまだまだガキだな…帰ったらな」
土方さんは小声で返してくれた。
土方さんの家は、まだ俺の家ではない。それは来年の二月まで待たなければいけない。
でも土方さんは、母性にも似た慈愛で、懐に入り込んだ俺を包んでくれる。
「はー…幸せ」
俺が言葉と一緒に白い息を吐くと、土方さんも「幸せ、か」と言う。
好きな人と何気ない日常を送ること。日常のひとつひとつに感謝できること。
こんな気持ちを味わったことはなかった。もう、知らなかった頃には戻れない。
「お前の笑顔、少し怖ぇな」
そんな自覚はまったくないのだが。