云いたかった云えなかった「僕ね、松井の事、好きなんだ」
何の脈絡もなく、突然、青天の霹靂、藪から棒に桑名が云った。全然そんな雰囲気ではなかったし、なんなら今僕はやりたくもない畑仕事に当番でもないのに駆り出され、厭々ほうれん草の種蒔きを手伝わされているところだ。大方、こうやって当番以外でも割合に簡単に手伝わせる事が出来るのを重宝がってるってだけだろう。
「あ、そう」
適当に相槌を打つ。
指先で土に穴をあけ、そこに種を数粒ぱらぱらと零し入れた。
「あれ、伝わってない?」
隣の畝のよく育ったほうれん草を収穫していた桑名が手を止めて僕を見る。前髪の奥をじっと見返してから手元に視線を戻して呟いた。
「伝わってる。でも畑仕事は好きにはならないよ」
種の上に土を被せる。ぎゅっと表面を押さえつけた。
「そんなに強く固めたら芽が出なくなっちゃうよぉ」
「え?」
土を押さえる僕の手首を桑名が掴んだ。軍手越しに桑名の体温が伝わってくる。
「大切に育てる為には土は被せないといけないけれど、それじゃあ苦しいだけじゃない?」
すくい上げられた僕の手の土を払い、自分の軍手を外して指が絡めてくる。咄嗟に逃げようとした手はしっかり繋がれてしまった。
「何の、話……?」
大きな鼓動の所為で声が震える。
「ほうれん草の話」
「あ、ああ、そうだね。すまない」
「それから──」
僕は君が好きだよって話。
僕を真っ直ぐに見つめているだろう強い目線に息が詰まる。思わず固まってしまった僕にやわく微笑んだ桑名はそれだけ云うとまた作業に戻ったいった。
「僕は云いたかったから。松井は松井の好きにしたらいいよ」
抜いたほうれん草の土をはたき落としながら、桑名の背中がそう告げる。
云えずに隠してしまった想いが込み上げてきた。
云いたくて云えなかった言葉はもしかすると、桑名には伝わっていたのかも知れない。
畑仕事は嫌いでも、桑名の事は嫌いじゃない。
「桑名っ」
思いがけず大きな声が出て自分で吃驚してしまった。桑名がこちらを向く前に、そのじゃーじの背中をぎゅっと握り締める。
「なあに?」
やさしい声音が続きを促す。
「……僕も、桑名の事が」
何の脈絡もなく、突然、青天の霹靂、藪から棒に僕も云いたかった言葉を伝えよう。
‥了