彼の人が死んだと聞かされてから早数日。
藍忘機は常に心の臓あたりがざわめき、身体が鉛のように重く感じた。
少しでも物を考えると訳もなく涙が溢れる。
唾を飲み込むだけで喉は焼けるような痛みを訴え、ただ何故私は生きているのだと問いかけた。
彼の人がいないのならば、私に生きている理由などあるのだろうか。
彼の人を守りきれなかった私に生きている意味などあるのだろうか。
彼の人の訃報を藍曦臣の口から直接聞いたとき、耳元で大きな耳鳴りがしたかと思うと何も聞こえなくなった。
あのときの藍忘機は彼の人を想い、無事を祈り続けているだけで生きていられたし、叔父・藍啓仁に言いつけられた面壁が終わり次第、すぐに会いに行くつもりだった。
背中の痛みなど感じなかった。
彼の人のことだけを考えている時間は、藍忘機が含光君であることも、藍の二の若君であることも忘れ、ただ一人の愛に生きる男として生きていられる時間だった。
それなのに、彼の人が死んだなどと聞かされてしまえば、もはや生きてはいられまい。
藍忘機はあちこちから伸びてくる邪魔な手を振り払い御剣して夷陵の山へと向かった。
夷陵に行っても死体などありはしなかった。
見たことか、彼の人は死んでなどいない。
では、藍忘機が必死に隠し、守った人はどこにいる?
藍忘機が血なまこになって洞窟を探し、岩陰を覗き込み、凶屍のように重い身体を引き摺って山中を徘徊しても彼の人の姿は見つからなかった。
温家の者たちが暮らしていた場所へと向かうと、そこは酷い有様だった。
ありとあらゆるものが破壊し尽くされ、またある物は剥ぎ取られていた。
そこに何があったのか、もはや藍忘機には確認する術もない。
伏魔殿はあちこち血に染まった足跡が散乱し、彼の人が無造作に放り投げてそのままになっていた走り書きなどで埋め尽くされていたはずの地面はすっかり綺麗になっていた。
彼の人が寝起きしたという臥床に足を運び、そっと藍忘機も横になる。
とても冷たかった。
まるで墓下に眠る死体のような心地だった。
今になってじくじくと背中が痛み出す。
流れ出た血が臥床に水溜まりを作る。
この痛みでできた血の池は藍忘機の涙であり、嘆きであり、藍忘機が生きているというどうしようもない事実だった。
背中の痛みが強くなり、身体が動かせなくなる。
吐く息が震え、体温が急激に下がっていく。
このままここで眠ってしまえば、会いに行けるのだろうか。
もう一度、名を呼ぶことが赦されるのだろうか。