日課 都内の大学に通う、鯉登音之進(21)は欠かさず続けていることがある。
家で筋トレをすることである。
携帯で毎週更新されるチャンネルの動画を見ながら、メニューを黙々とこなす。
画面の向こうには明らかにウィークリーマンションとわかる殺風景な壁紙を背景の中、黒のティーシャツにトレーニングパンツの筋骨隆々の坊主頭が写っている。
この動画のメニューはエグい。素人が手を出してはいけないレベルだ。しかし、合間合間で励ましてくれる。
「集中、集中!」
パンパンと手を叩きながら、自らもそのメニューを汗ひとつかかずこなしていく。
もう数え切れないほど見た動画だが、見るたびに発見がある。特に後半部分の腹筋メニューのエグさは笑いが出てしまうほどで、ネット上でもちょっとだけ話題になった。
メニューを終えると、クールダウンの深呼吸、ストレッチするときに響く穏やかなバリトンが耳に心地良くて、目を瞑って聴き入ってしまう。
ふぅぅぅ……。
最後の深呼吸を吐き切る。少し汗をかいた肌がぺた、とシャツにくっつく。シャワーを浴びれば、準備OKだ。
報告のため、今日も電話する。
五回目のコールで出た相手の後ろからは、地下鉄を降りたばかりなのだろうか、雑踏の音がした。
「おやっとさぁ」
「お疲れ様です、今日はもうすぐ帰ります」
「そ、か」
話しながら、もう右手の中指と薬指はアナルに根本まで飲み込ませていた。
瞼の裏には、先ほど見た月島の筋肉がしなやかに躍動する様と、スーツ姿の月島を交互に浮かべる。
「今日も見てたんですか?」
「見て、た。わっぜ、かっこよかもん」
「なんか知らない人からコメントとかくるんですけど、これ、音さんだけに送れるようにできないんですかね?」
身バレ防止にサングラスをかけているのだが、筋トレ中によくずり落ちるのであまり功を奏していないし、コメント欄も「グラサンw」「だって鼻g…(自主規制)」などまことしやかにイジられている。
そんなこと言っても、みんな私の男の肉体に釘付けになっているくせに。
「月島、今夜は、何食べるんだ」
「ささみサラダと高野豆腐の煮物ですね」
「作るのか?」
「サラダだけです。煮物は惣菜ですよ」
「ふぅん……」
——ああ、亀頭から溢れた先走りを指で広げて、引き下げた皮でカリをちゅこちゅこ扱いている音がどうか聞こえていませんように。
「音さんと食べたいです」
「私も、食べ、たい……ッ!」
食べて。うまそうに蕩けてる、私の、全部、お前に食べられたい。
キュウウ、と指を食い締める窄まりは、腹の内側から甘い痺れを断続的に響かせる。筋トレをした後は、力が入りやすく敏感になっているように感じる。
筋トレをやめられない理由の一つだ。
泡立て器みたいに立たせた指で擦り上げていた亀頭の先から、ピュクク、と白濁が滴った。この勢いのなさは、アナルの刺激で達したせいだった。
「はぅ……ぁ、月島ぁ……」
「音さん、声がちょっと遠いみたいです、もしもし?」
「はよ、ここ埋めたもんせぇ……。 会いたかぁ」
「え? なんて? あ、聞こえました、もしもし」
「うん、はよ会いたかってゆた」
「来週は一度戻りますから、待ってて」
「受話器越しに、キスして」
「……」
道端であたりに人がいないか伺っているのだろう、可愛いやつ。
「しますよ、」
ちゅ、と送られたキスの濡れた音に、月島の唇の感触を思い出して指をしゃぶった。お返しに、チュウと吸い付いた指の音をわざと大きく聴かせる。
「……おやすみ、月島」
きゅうん。甘く疼き続ける後孔はこんなにも準備万端なのに。恨みがましくも火照る身体を無理矢理鎮めて、今夜も一人布団に入るのだった。
遠距離恋愛中の月島に、動画が欲しいとねだった。
「動画なんて撮ったことないですよ、普通に恥ずかしいですけど」
「なんでんよか、飯食ってるのとか、筋トレしちょっとことか」
「はぁ。じゃあ、そういうのよく知ってそうなのが同僚に一人いるんで、聞いてみます」
やりとりからしばらくすると、何を勘違いしたのか月島の同僚がYou●UBEにチャンネルを作ってしまったと聞いて爆笑した。
「明日に輝ける社畜の筋トレ☆ちゃんねる」というなんともダサいネーミングも勝手につけられたが直し方がわからないと言って月島はボヤいた。
簡単な編集を覚えて、アップロードすることを覚えたらしい。
更新は毎週土曜日だ。
毎回動画の最後には、来週はどこを重点的にやっていくか短く一言メッセージが入る。
しかし今週のコメントはいつもと違った。
「来週の更新はお休みです。会えるのを楽しみにしてます」
私の秘密の特訓の成果をお披露目する日は、近い。