初対面珍しく童虎が沈んでいる。いつも騒がしい奴がおとなしいと不思議というより不気味だった。
「はー」
挙句に項垂れたまま溜息なんてつかれると、地雷を踏むと解っていつつも声をかけなくてはいけない気になってしまう。鬱陶しい湿った気配を感じるのはどうも苦手だ。
「どうしたんだ?」
「シオン」
情けない声で名を呼ぶ童虎に大きな溜息をついた。
「テンマがの…」
「テンマ?」
聞き慣れない名前に首を傾げた。テンマ、テンマ、と口の中で何回か呟いて思い当たる一人の子供に小さく頷く。童虎が気にかけている聖闘士候補生の一人だ。元気がいいのが取り柄のような、小柄な子供。
「それがどうしたんだ?」
「レグルスの嫁になってしまうかもしれんのじゃ」
「……は?」
童虎の言葉に間抜けな返答しかできない。そして言っている意味が理解できなかった。童虎以外の黄金聖闘士とただの候補生のテンマとのつながりはないに等しい。顔を合わせたことはあっても、親しくなるような事はないはずなのだが。
「天秤宮でテンマが作った飯をレグルスに食わせたら、その場で求婚しておった…」
「ほう」
最年少の獅子座がねぇ、と笑うと童虎は情けない声を上げながら寝転がる。
「わしの可愛いテンマが奪われてしまうかもしれない危機なんじゃー」
「そうか。ではそのテンマとやらを見に行ってくるか」
「え、おい、シオン!?」
童虎に止められるのも気にしないで移動する。しかしテンマがどこにいるか解らずどうしようか、と思うがレグルスと一緒にいる可能性があると思い立って、よく知る獅子座の小宇宙を探す。
「いた」
さほど遠くない所に感じてそちらに向かって動き出す。
しかし、子供と思っていたレグルスにも思春期が来たか、と年長者らしく思う反面、うろ覚えのテンマの顔を思い出そうとしてどうしても思い出せなくて首を傾げる。
元気がいい子供、としか思い出せない。しかし候補生の大半はみな元気がいい。
「っと、いたな」
獅子宮の奥の階段の踊り場に座り込んで話しているレグルスを見つけた。隣にいるのがテンマらしく、レグルスは嬉しそうな顔をして髪を撫でたりしている。反対にテンマらしき子供は後ろ姿でも困っているのが解った。
気配を消して眺めていると「結婚しよう」「だからなんでそうなるんだよ」のやり取りを繰り返している。
思わず笑ってしまうと、その声が聞こえたらしくレグルスが不機嫌そうに顔をあげテンマはぱっとレグルスから離れた。素早い動きでシオンの後ろに隠れると「ナイスタイミング!」と笑う。
子供らしい笑い顔につい頬が緩むとレグルスが不機嫌さを隠すこともなく立ち上がる。
「テンマ、こっちにこいよ」
「やだよ!だって結婚しろとか訳わかんない事いうし、触ってくるし、キスするし」
「だめなのか?」
「だからさぁ…!」
その繰り返しの会話にシオンが苦笑する。
レグルスの恋心は本当のようだが、いかんせん押せ押せモードで、肝心のテンマが困り果てているのは見ていて可哀そうになってくる。
「レグルス、テンマが困っているぞ」
「でも」
「それにいつまでもここで遊んでいていいのか。訓練は大丈夫なのか?」
後ろのテンマに問えば「あっ!」と慌てた声を出す訓練場までここからは距離がある。走って行っても送れるだろうし白羊宮には童虎がいる。ただ通ることなどできないだろう。
「しかたがない…」
テンマを肩に抱え上げるとテンマが驚いた声を上げてレグルスが怒りをあらわにする。
「送って行くだけだ」
それだけ言って走り出すと途端にテンマから歓声があがる。
「速い!」
「そうか」
「俺もこんな風に速く走れるようになるかな」
「真面目に訓練すればできるようになるさ」
そう言っている間に訓練場についてテンマを肩からおろす。
「ありがと!」
「どういたしまして。頑張れよ」
「もちろん!」
にっと笑って走っていく背中に手を振った。
「気持ちのいい子供だ」
あれが童虎のお気に入りでレグルスの好きな子供か、と笑う。
このあとテンマに懐かれるとは、この時は思いもしなかった。