「フィガロ、食事の誘いに来た」
俺とオズがアシストロイドを介さず、それもプライベートでよく話すようになってからどれくらい経っただろうか。オズは今日も俺の自宅兼簡易ラボに訪れていた。
「オズ……え、嘘。もう朝?」
「昼だ」
「ええ……」
閉めきった室内では時間の感覚も一気に狂う。この頃生活リズムが整ってきていい調子なので、今更崩したくはないと大人しくオズの手に引かれて立ち上がる。初めて手を握られたときは何事かと思ったが、どうやらアシストロイド依存症を和らげるためらしい。慣れてきたスキンシップにもう変な手汗は出なかった。
むしろオズの手は大きく温かくて安心するまである。仕事に集中している時は感じなかった眠気が一気に襲ってきて、不意に大きなあくびが出る。
「寝てないのか」
「いや、寝る前にちょっとだけと思ってて……うっかりしてたんだよ」
「眠気と食欲、どっちがある」
「えっと、強いていうなら食欲……?でも食べたら寝ちゃいそう」
「……少し、待っていろ」
オズはそう言うと繋いでいた手を離したので寂しく思ったが、すぐに子どもじゃないんだからと自重する。デリバリーでも使うのかなと思いながら部屋の向こうに行ってしまったオズを見送った直後、目蓋の重さに耐えきれずに俺は眠りに落ちていった。
「起きたか」
「ぁえ……?」
俺がふと気づくと、深紅の双眸とばちりと目が合う。なかなかの至近距離で思わず身体を離そうとした俺は突然の浮遊感に襲われて、うわあと情けない声を上げながら離れるはずのオズにしがみついた。
「え!?あっなに、浮いて!?」
「落ち着け……寝ているようだから運ぼうとしただけだ。他意はない」
慌てて状況を把握すると俺はオズに横抱きにされていて、自分の顔が途端に熱くなるのを感じた。大丈夫だから離してほしいと暴れるも更に強く抱えられて、オズに聴こえてるんじゃないかと思うほど高鳴る鼓動が止まらない。彼との交流も日常になったとは思えど、ここまでの濃厚接触は俺にはまだ早かったようだ。アシストロイド依存解消の道は険しい。
「少しは眠れたようだがまだ隈がある。寝室で休め」
「じっ自分で歩ける!オズも重いだろ」
「軽すぎる。アーサーを見習え」
「あの子はアシストロイドだから人間よりずっと重いんだよ!」
しばらく言い争っていたが、じたばた動き続ける俺に根負けしたのかやがてそっと降ろされた。離されてほっとすると同時にもったいなかったなと思うのは、この年齢で誰かに抱き上げられるという経験の貴重さからだろうと火照った頬をパタパタ扇ぐ。
「もう……あれ?この匂い……」
少し落ち着くと、ふわりとこの家に似つかわしくない美味しそうでちゃんとした食べ物の匂いがした。これは小麦と卵、かな?
「食事を用意したから呼びに来たが、寝ていたからな。食べるか」
「あ……そうだったね。ごめん、いただくよ」
連れられてリビングに向かうと、テーブルに置かれた白いプレートには厚みのあるパンケーキとベーコンの上に乗ったポーチドエッグ、傍らにはレタスにプチトマトが添えられていた。デリバリーなのをわざわざ移し変えたのか、一年ぶりくらいに見たその白いプレート皿は俺の家にあったものだ。カトラリーなど最低限しか揃えていないからオズと俺の二人分だけだというのにサイズもデザインもバラバラで、今度生活用品も見繕わなければと心の中で予定を立てる。
「美味しそうだね。パンケーキの店なんて近くにあったの?」
それともオズの権力か何かではるばる取り寄せたのだろうかと見慣れないメニューについて聞くと、返ってきたのは意外な答えだった。
「私が作った」
「えっ」
「……不都合でもあったか?スノウとホワイトにキッチンの使用許可は得ている。食材は急遽取り寄せた。冷蔵庫にエナジードリンクと栄養補給ゼリーしか入っていないのはどうかと思うぞ」
「う。それはごめん……いやその、不都合とかは、ない、けど……なんで」
「先日話した時、食べてみたいと言っただろう」
先日の話、と聞いて思い出したのはアーサーのメンテナンス中の雑談で出されたパンケーキの話題だった。オズ様の作ってくださるパンケーキが私の大好物なんです!とにこにこ笑うアーサーに「オズは料理も出来るんだね、俺も食べてみたいなあ」なんてこぼしたのを覚えている。まさか本当に振る舞われるとは思わなかったが。
「……覚えててくれたんだね。嬉しいよ」
「そうか。ならよかった」
さあ食べようかと向かい合って席に着く。いただきます、と持ったナイフで卵を割るとほどよい半熟に仕上がった黄身が流れ出て、こぼれないようパンケーキと絡めて口に入れた。
「美味しい……!ありがとう、オズ」
「礼には及ばない」
エッグベネディクトのパンケーキ版という感じだろうか。密かに好物だったそれを食べて身体が喜んでいるように温かくなる。食事なんて、ハイクラスや芸能人との会食とかだと緊張で味もしなくていい思い出がないし、かと言って家ではつい仕事に耽り、面倒だからとサプリに頼る日々だった。あの日CNSCを食べてオズに出会うまでは。
オズはあれからというもの、ふらりと俺の元へやってきては何かと世話を焼いては去っていく。最初は意図を図りかねてうまくお礼も言えないしどう接すればいいかも探り探りだったけど、俺がオズの優しさに気づいたのもそう遅くはなかった。
勿論強引なところもあるけれど、緊張で口ごもる俺を急かすでもなく呆れるでもなくただ「どうした」と待ってくれる姿勢もありがたいし、ワーキングクラスのように押しの強いエネルギッシュさはなく、かといってハイクラスにある傲慢な自己顕示欲もない穏やかな所も好感が持てる。あの怖かった赤目でさえ正面から見られるのだから、人って変わるもんだなあと他人事のように思った。食べながらちらりとオズを見ると、何故か視線がぶつかる。彼のパンケーキはまだ手付かずだった。
「っちょ、なんで見てるの」
「……なんでもない」
「嘘。目が泳いでる。何かついてる?」
「いや……少し、肉付きが良くなったなと」
「え、太った?この後撮影なのに参ったな」
「違う。良い傾向だ」
この生まれ持った顔の良さは何かと“使える”ので損なわれると嫌だな、とは思ったが、オズが良いならいいか。彼のカトラリーが動き始めたのを見て、俺もパンケーキの2枚目にナイフを入れた。
「ふぅ、御馳走様でした」
「……御馳走様でした」
「ありがとう、美味しかったよ。料理はよくやるの?」
「以前はやらなかったが、アーサーに付き合っているうちに出来た趣味の一つだ。家庭料理くらいなら一通りは作れる」
「すごいな……俺の趣味なんてもっぱら機械いじりだし、趣味増やしてみようかな。料理は科学っていうし案外いけるかも」
「そうだな。その趣味のためにそろそろ仕事量を減らしてみるといい」
「う。それはちょっと出来ないなあ、今が頑張り時なんだ」
「休むことを覚えろ」
オズとの会話は楽しいが、だからこそあっという間に過ぎてしまう。互いにこの後も仕事があるためあと数分で見送らねばならないだろう。型落ちした食洗機をセットしながら名残惜しさに息を吐く。
「フィガロ……来週の土曜日の、出来れば夜。空いているか」
「!うん。その日は何もないはずだよ」
「そうか」
もう年末になるし暫く会えないかもと思った矢先に予定を聞かれ、誘いが嬉しくて振り向くとオズもなんてことない返事の割に柔らかな笑みを浮かべていた。
「詳細は後日連絡する。……また会おう」
「う、ん。またね」
うーんやっぱり格好いいな。今度本当にアシストロイドの造形モデルとして依頼してしまおうかなどと思っているうちに、外に迎えの車が来たようだ。どうやら急ぎの用事らしく足早に去っていった背中を見届ける。もしかして引き留めてしまったかという心配と、忙しい中会いに来てくれた嬉しさがまぜこぜになってむず痒かった。
「おやおや~?」
「フィガロちゃん幸せそうだね~?」
「わっ、……もう、からかわないでください」
いつの間に出てきたのか、立ち尽くしていた俺の両脇からひょっこり顔を出したスノウ様とホワイト様。つんつんと頬やら脇腹やらをつついてくる手をやめさせても、微笑ましいものを見るかのような表情は変わらない。この双子の顔も手も性格も自分が設定し作成したものであるが、最近やたら鬱陶しいので制限でもかけてやりたい気分だ。
「ほほほ、満更でもなさそうな顔じゃ」
「これはくっつくのも時間の問題かのう。ねえねえ、ぶっちゃけオズちゃんのことどう思ってる?」
「ど、どうってその……友人ですよ」
「えー、オトモダチ~?」
単なるビジネスパートナーではない友人という響きの小恥ずかしさに顔が熱くなるが、どうやら双子はそれで満足しないらしい。折角恥を忍んで言ってやったのに訳がわからない。
「何でですか。オトモダチじゃ悪いんですか?」
「まあ何も悪くはないんじゃがの」
「しかし、オズは友人という間柄では満足しないかもしれんという話じゃな」
「え」
満足しない……友人では不満?まさか仲良くなった気でいたのは自分だけだったのかと急激に胸が冷えた気持ちでいるととスノウは慌てて訂正した。
「待って待って違うから!言い方が悪かったのう!もっと仲良くなりたいかもってことじゃよ!」
「そ、うなんですか?でも」
「大丈夫大丈夫。自信を持つがよいフィガロ」
なでなでとホワイトの小さな手で慰められ、少しだけマイナス思考は回復する。しかし一度よぎった不安は消えてくれず、これは本当に気づいていないようじゃの、という双子の言葉をどこか遠くに聞いていた。
「フィガロや。先ほどオズに言われた予定はいつであった?」
「……いつって、来週の土曜日ですよ」
「そうじゃな。ではその日は何月何日じゃ?」
「12月24日です」
「そう!世はまさに、クリスマス・イブじゃ!」
クリスマス・イブ……自分にはメディア露出の際に『イブに一緒に過ごす人はいるの?』と聞かれがちになる頃だな、という認識でしかないイベントだった。世間ではどうやら恋人と過ごす夜なのだとか。馴染みが無さすぎて忘れていた。
「はあ、だからどうしたんです」
「え~っフィガロちゃんつまんな~い」
「別に……で、何です。オトモダチで満足せず早く恋人くらい作れってことですか?」
クリスマス・イブに馴染みがないとは言ったが、その日に恋人と過ごさないのは『負け組』らしいのは知っている。一体何が負けなのか、とは高収入高学歴高身長のハンサム博士フィガロ・ガルシアの思う所だが、イブに過ごす友人は恋人が出来るまでの傷の舐め合い、つまりは代替品だとすると良い気はしない。オズはそのようなことを気にしないタイプだろうしそういった意図で俺を誘ったとは思わないが、もし彼に恋人が居たら誘われなかったと思うと胸がもやもやして重くなる。
……でも、そんな特別な日にプライベートで会う予定を入れてくれたのはオズにとって今は俺が特別だから、なんてちょっとは思ってもいいんじゃないだろうか?そう考えれば、自分でも単純と思うが俺の機嫌は右肩上がりに落ち着いた。なんだか浮かれている自覚はある。別にクリスマスシーズンなのだからいいだろう。
「ごほん……とにかく、俺はいまオズと仲が良い。それで充分でしょう」
「うむ。あのフィガロちゃんに上辺だけじゃないお友達が出来て、我ら安心です」
「この鈍さは育ての親として心配じゃの。ところで、いつもの準備開始時刻を4分27秒過ぎておるぞ」
「俺に作られた身で何言って……あっ時間!スタジオ行きますよ!」
約5分の遅れに気付き、慌てて白衣を掴んで身なりを整える。何はともあれ、まずは来週まで仕事を乗り越えないとなと軽く頬をたたいて鏡の前で意気込んだ。
そうして迎えた当日、クリスマス・イブ。フィガロは言い様のない焦燥に駆られていた。
今は現在進行形でオズとディナーを楽しんでいるわけで、レストランは貸し切りでリラックスも出来るし料理も美味しいし、別に不満があるわけでもなんでもない。だが、ここまでのオズとの外出の中で、フィガロはある種の「気配」や「雰囲気」を感じ取ってしまっていた。
夕方ごろ、俺の自宅に迎えに来たオズはディナーには少し早いからと街を見て回ることを提案した。人通りも多いだろう街中を歩くのはやはり気が引けたが、軽い変装道具やボディーガードまで準備しているらしいオズの「心配などする必要はない。私がついている」という頼もしい言葉に押されて、俺はその提案を呑んだ。
エアカーから降りて広場に着くと、人だかりの中心には下からのライトアップで光輝く桜の大樹がある。今は眠るように葉を落としている枝に反射するピンク色は花とは違う趣があり、テレビ越しに見た時より好ましい。傍らには中くらいのクリスマスツリーも主張していて、“映え”を重視した街並みはこの日にふさわしい賑わいを見せていた。
問題なのは、この賑わいを作っているのは二人組のカップルが大半だということ。沢山の人が集っているのでパッと見俺達が特段浮いているということもないが、あっちでイチャイチャこっちでイチャイチャ。前を歩く二人組もおもむろに手袋を外して指を絡ませだして、「あーあ。恋人繋ぎなんて見せつけてくれちゃって」なんて心の中で冷やかす。
しかしここで自分の手元にふと意識が向いた。
『あれ?俺達も恋人繋ぎなのでは?』
気づいてギク、と強張った程度では離れない掌。根元から絡み合った互いの指。紛うことなき恋人繋ぎであった。はぐれないようにと差し出された手を取ったのは覚えていて、しかし人だかりに意識が向いていたからどう繋いでいるかなんて気にしてもいなかった。何ならいつもよりほどけない指に安心さえしていた。
これは、いいのか?いや駄目だろうと思って外そうとしても、「どうした。行くぞ」と更に強く握られる始末。諦めて進んでいるといつの間にか桜とクリスマスツリーの真正面に立っていた。気を取り直してこの催しのコスパだとかバックにいるスポンサーとの関係だとかを話しながら緊張を解していく。
「それでね、俺としては……オズ?」
「ああ」
いつもより曖昧な返事にオズを見やると彼の鋭く涼しげな目元が綻んでいて、柔らかい視線と交わった。せっかく綺麗なのが目の前にあるのになんでと聞きたくても何かとんでもない返事が返ってきそうで、俺は必要以上に狼狽えて押し黙る。オズはそれに機嫌を損ねた風でもなく、ただ俺を見つめ続けていた。
そして人だかりを抜け、既に薄暗かった空色がすっかり濃くなり寒さが増したころ。どちらかというとデザイン性を重視したコートでは冷たい風が遮れずに身震いすると、オズが懐から何かを取り出して「寒いだろう」と俺の首もとに手を伸ばす。びっくりして目を瞑っているうちにやたら肌触りの良い、赤のストールを巻かれていた。
「えっこれ……いや、いいよ。これオズのだろ」
「プレゼントだ。嫌でなければ気にせず付けていろ」
「あ、ありがとう……じゃあ、その……」
「なんだ」
「……俺も、あるんだけど」
クリスマスプレゼント。なんて言うと気恥ずかしいが、日頃の感謝も込めてこの機会に贈り物をしようと用意しておいて良かったと思う。双子と悩みに悩んで選んだのは奇しくも色が違うだけの、同じブランドのストールだ。
「ほら、いつもご協力ありがとう……っていうか。被ってなんだけど一応選んだし、よくある貢ぎモノとでも思ってよ。……その、布だし使い勝手も、いいよ……」
「……」
何も言わないオズの顔色はいつも以上に窺えなくて心が折れかけたが、彼はいつも身につけているグレーの首巻きを外して先ほど渡したそれを身につける。落ち着いた黄色を纏ったオズの表情はどこか満足げだ。
「ありがとう」
「ど、ういたしまして……」
着けてくれたのはいいが、いいのか?これ要はお揃いだよお揃い。ただ受け取って貰えれば良かっただけなのに……反応に困っている間にまた例の繋ぎ方で手を握られて、今さら何も言えずに再び歩きだした。
道中起こったこれらのエトセトラエトセトラ。感じた「気配」や「雰囲気」とはこれらの類いで、双子はこれが言いたかったのか?と流石の俺でも気づく。ちょっとこれはもしかして、
『もしかしてオズって……俺のことが好きなのでは!?』
だって明らかにデートの雰囲気だった。いや、自分自身ビジネスで交流があった女性に「その気がないのに思わせ振りなことしないで!」と怒られた経験もあるから別にそんなんじゃない可能性も大いにあるが、俺だってそんな愛おしげな目というか、こんな空気は漂わせていなかったはず。オズが他人にもこうなら気を付けろと釘を刺すべき案件だ。とんだタラシなのかもしれない。アーサーもオズを慕ってるし。
しかし本当の懸念はそこではなくて、
『もし、もしオズがそういうことを言ってきたとしても……俺、恋愛とかわからない』
自分はかなりの対人恐怖症であると自負しているが、フォルモーント・ラボに入るまではまだアシストロイド依存がそこまで進行してはいなかったし外面の良さのおかげて顔は広い方であった。
しかしどんな異性、はたまた同性と仲良くなっても「私と付き合ってほしい」と言われることにピンと来なかったのだ。せっかく友人として仲良くなったのに、わざわざ関係性を変えてまで得るものはあるのだろうか。性的な興味も人並み以下でむしろ嫌悪感さえ抱いていた。皆が何故か憧れている裸で睦み合う行為をしたいとも思えず、結局俺の交際歴はゼロのまま。別に後悔なんてものもない。
だから、好きと言える友人のオズにもしそんなことを言われてもきっと困ってしまう。どう返事したものかと高級シャンパンを流し込みながら、来るかもわからない告白にずっと考えを巡らせた。
ディナーを終えたあと、ハメを外してついつい酔いすぎた俺達は家に送ってもらう途中で夜風に当たることにした。火照った頬に吹く風は一層冷たさが増しているが、繋がれた手と覆われた首もとが温かくて心地いい。
イルミネーションが幻想的な輝きを魅せる人通りの少ない並木道。このシチュエーション、タイミングとして来るとしたらここか。ここなのか?そわそわ落ち着かない身体を無理やり抑え、あくまで気づいてない振りをしながらオズとの会話を続けていた。
「あ……今日はありがとうね、オズ」
「私こそ、ありがとう」
そうやって身構えていた俺を嘲笑うように自宅はずんずん近づいて、気づけば俺達のデートはあっさりと終わりを告げた。
……なんだよ!結局何も無かったじゃないか!と内心悪たれるのも今は許されたい。
『流石に街の雰囲気に呑まれすぎたな……何がイブだよ!妙なムードで勘違いしただろうが!オズもオズだよあんな思わせ振りな、いや俺が耐性無さすぎただけ?俺ってチョロかったのか?嗚呼一生の恥……もう駄目だ。オズの顔見れない……!』
今すぐ双子のメンタルケアを受けるべく手を離そうと力を抜いたとき、オズが引き止めるように手を強く握り直した。
「あ……」
「……」
「お、オズ……?」
「好きだ」
「え」
「付き合って、ほしい」
来た。来てしまった。なんだ、やっぱり俺のこと好きなんじゃん。予想通りだと口角が上がった所でハッと気づく。これではまるで、オズからの告白を期待しているようだった。
『いや俺、断るんだろ?他に好きな人とかも居ないけど付き合うとかまだよくわからない状態でオッケー出すのも違うだろうけど、言われるって予感しておいて、なんで逃げずに最後まで待ってたんだよ……?』
しかも告白が無かったことに落胆までして、いざ好きだと言われてから心拍数も高鳴る鼓動の強さも平常時と段違い。その事実に怖くなって逃げようにもがっちり掴まれた手が離れてくれない。もう返事をするしか残されていなかった。
『違うこれはイレギュラーな状況に緊張しているだけ。熱いのもふわふわした気分なのも美味しかったアルコールのせいだから……違うんだ。断らなきゃ』
「……あの、えっと……」
「返事は何でもいい。……ただ、私の目を見て言ってくれ」
まだ人と目を合わせるのは苦手だし今は羞恥で抵抗が凄いが、意を決してオズの目を見た。顔を上げた先には普段とそう変わりないオズの顔。心なしか不安げに見えたのはきっと気のせいではないだろう。ずい、と距離を詰められて焦ったが、深紅の瞳が今日見た何より綺麗に見えて逸らせない。
「お、オズ、ちか……」
「フィガロ」
時が止まったかと錯覚するほど長らく見つめ合って気づいた。オズの頬、というより目元のあたりがじわりと朱に染まっている。いつも以上に眉間の皺が深いけれど、きっとこれは照れてる顔なんだ。気づいて、心の中で何かが転がり落ちたのがわかった。
それが何かはよくわからないけれど、「あ、」と思ってしまったが最後、気づけばオズの手を握り返して、「俺も」と言って笑っていた。