来世兄弟9 オレたちが一虎くんの扶養に入って、松野家から羽宮家に変わってから数週間。色々と怒涛の日々を過ごした。書面とか手続きとか。でもオレたち兄弟は殆ど何もしなかった。役所の人との面談とかもあったんだけれど、オレたちがなってくれって言い出したんだから特に何事もなく。
名字だけれど、たか兄は小学校を卒業するまで、オレと武道は学年が変わるまではこのままで行くことにした。せい兄は1学期が終わったら変えるって言ってたかな。戸籍はもう羽宮になっているんだけれど。
劇的に変わったことはそれくらい。少しだけ変わったのは一虎くんが金土日に必ず家に来るようになったこと。
「いわゆる家族との団欒、ってやつ。あった方がいいんだろ?」
そう言ってから金曜の夜から来るようになった。一虎くんなりにオレたちのことを考えてくれてるんだと思う。まだその時は来ていないけれど、学校行事とかも参加する気満々で。
逆に良いのか、って思うようになってしまった。急に環境が恵まれたから。
だから一虎くんとオレが2人のときに聞いたことがある。「なんでそんなにしてくれるのか」って。
そう聞いたら一虎くんはハァ? と眉を上げて目を細める。
「あのなぁ、オレはお前たちの親になるって決めたの。だからそれくらいは当然やる。むしろ毎日来れねえことを申し訳なく思ってるくらいだわ」
そしてデコピンされる。イッテエ。そのまま頭をわしわしと撫でられた。やめてセットが崩れる!
「精神は大人かもしんねーけど、まだ子供だ。甘えとけ」
ニシシ、音を出すとしたらこんな感じの顔を向けられた。……なんか、すごく気恥ずかしい。そして一虎くんが大人に見えた。それはそうなんだけれど。……本人には絶対言わねえけど!!
で、なんだっけ。あ、そうそう。名字が変わっただけでなーんにも変わんねえってやつ。せい兄ご所望のスマホはちゃんとゲット。金銭面も前ほど不自由は無くなった。節約しておくに越したことはねえけど。ま、でもこれでたか兄の夢の話はどうにかなるんじゃねえかな。一虎くんもせい兄も行かせると思うから。
生活は変わらないからオレも武道も空手教室に通う日々。まさかマイキーくんに会うより先に一虎くんに会うなんて思ってなかったけれど。教室でも松野兄弟から羽宮兄弟って言われる様になったから少し気恥ずかしい。教室が終わっていつもの道を手を繋いで歩く。そういえばこの道で黒川イザナたちに会ったけれど、あれから何も進展がないって言うか会ってないっていうか。
そんなことを話題に出すと武道の視線がすーっと逸らされた。……これは。
双子だからとか兄弟だから、ではない。これは誰でも分かる。武道の悪い癖。隠し事ができない。いや、良い癖なのかもしれないけれど本人的には悪いと思っているだろうから悪いということにしておこう。
「オイ武道、言いたいことあんなら今言え」
「えー……えっとお」
はぐらかす、なんて器用なこともできるわけがなく。言葉がただ詰まっているだけ。無理矢理にでも聞き出した方が早い。
「今なら許すけど」
「怒んない?」
「怒んない怒んない」
笑顔、笑顔な。大事だよな笑顔。なるべくにこやかになる様に。多分できてない気がするけれど良いだろ。
「……会ったんだよねえ、カクちゃんたちに」
そーんなことだろうと思った!
「言え」
「ヒエ」
オレの顔に怯えながら話し出す。自分でも凄みを出した自覚はあるから。武道曰く学校帰り、オレが居ない日に公園でぶらぶらしてたら会った。らしい。
それを聞いて口を閉じた。オレも人のこと言えねえ、場地さんに会いに行ってる日にそんなことなってたら怒れるわけがねえ……!
一旦自分のことは棚に上げた。ちょっと気になるじゃん、どんな話したか、とか。それを聞くと話し出す。
「えっとね」
カクちゃんと再会したのは千冬が一人で出掛けていた日の学校終わり。なんとなくあのとき会った道に行きたくなって行った。公園がすぐそばにあったからそこでちょっと遊ぼうかなって。高学年で一人でブランコを漕ぐとかいうちょっとアレな子になる想像はできたけれど。
そして公園に行ったら居た。本当にそれだけ。でもあの道、空手教室で通っているときには会わなかったのに数ヶ月経って今会うなんて。あのときとは違ってイザナくんは居なかったけれど。
「あ」
カクちゃんを目に入れたら声が出た。会えるかなって思ったけれどそう思った時に限って会うって何。
「……君は」
彼もオレに気がついて寄ってくる。やばい何も考えてなかった。会わない方が良いはずなのに、っていうのはこの公園に来た時点で矛盾している。ぐっちゃぐちゃじゃん。
少し屈んで視線を合わせてくる。かつての幼馴染の優しさが伝わってくる。
「お久しぶり、お兄さん」
「久しぶり」
そのままカクちゃんは頭を撫でてきた。え、めっちゃ優しく撫でる。もしや子供がお好きで。孤児院に居たからっていうのもある、のかな……あくまで憶測になっちゃうんだけれど。
撫でられたことに吃驚したので、目を開き気味で彼を見た。それを見たカクちゃんはバッと手を離す。
「わ、悪い」
「ううん」
誤解されるのも嫌だったのですぐに否定した。離した手を両手で掴む。今度はカクちゃんが驚く番だった。
「いいよ、撫でて」
オレはもう小学校高学年の男だから正直恥ずかしい。精神なんてもっと上。だけれどカクちゃんの目が懐かしむような、慈しむような。なんて言うかな、暖かい目だったから受け入れたかった。前の人生のとき、この姿ではカクちゃんとはもう離れていたし。もしかしたら思い出してるか重ねてるか。……やさしい幼馴染だから、そのまま受け入れたかった。
「ありがとう」
くすりとカクちゃんは笑って撫でることを再開した。優しく暖かい手。思わず擦り寄る。大人の手に撫でられたことなんて無いから新鮮。なんか落ち着くんだよね。
「……君の名前を、聞いても良いかな」
撫でながらカクちゃんは言う。そうだよね、そういう約束だったな。
「みち」
千冬と示し合わせた名前。ふゆとみち。2人一緒にいたら連想されてバレるかもなんて思ったけれど1人なら。
その名前を聞いたらカクちゃんは少しだけ目が開いた。もしかしたら思い出してくれたのかな、って。
日が傾く。長居はしていられない。小学校の間は日が完全に沈むまでには帰ってこいって言われているから。
「そろそろ」
「……ああ、もうこんな時間か」
大人にとってはそんな遅い時間でもないのにそう言った。子供視線になって言ってくれた。
この瞬間だけで何回元幼馴染の優しさを感じているのか。
「ば、」
ばいばいって別れようとした。でもなんか違うなって。
「またね、おにいさん!」
言葉を変えた。
「またな」
カクちゃんは軽く手を振って応えた。
すごく暖かくて優しい時間だった。心がふわふわして、嬉しくて。だからまた会えたらいいなって。今度はイザナくんも。
「……ということが、1週間前くらいにありました」
武道の話を聞き終わる。
口から早く言えよ、って出かかった。1週間前って一虎くんと再会してすぐ位? まあごたごたあっまけれど。
それにオレのも人のことまっったく言えねえから口を閉じる。
「そっか、良かったじゃん」
逆に出たのはありきたりな言葉。目の前には嬉しそうで花が飛んでいそうな武道。嬉しそうなのはこっちも嬉しくなってくる。
……どうするオレ。いつ、どうやって場地さんのことを言う。
タイミング完全に逃してんだよ。ずっと隠しておくの無理だろ。というより武道は言ったのにオレが言わないのがフェアじゃない。いつかは絶対に兄たちもバレる。黙っていてバレたときの方が怖い。オレが武道にそうやって凄んでしまったから。家族は似る。
……武道だけでもペットショップ、連れて行くか……。少なくとも一虎くんには、まだ絶対に言えない。