来世兄弟8 一虎くんの突然な襲来。誰も取り繕うことができず、ただ互いに顔を見合わせて固まることしかできなかった。
それでも行動が早かったのはたか兄。一虎くんの腕を掴んで「ちょっと付き合え」と一言言って家の中に引き込んだ。
「千冬、猫んとこ行ってきて」
「! ……うんっ」
千冬に一虎くんの目的である迷い猫のところに行かせる。そしてダイニングテーブルに一虎くんを座らせた。
「……みつや?」
一虎くんがそう言うけれど、目にはどうして? なぜ? 本物? といった感情が浮かんでいる。
わかる。わかるよ。だってオレたち、死んでるんだもんね。それが幼い姿となって生きている。信じられないのもわかる。
けれどこうなってしまったのなら説明するしかない。誰ですか? ってすっとぼけることもできたのに、たか兄は引き込んだ。せい兄も何も言わなかった。
親権者、とかそういうことを含めてやりたいことがあるんだろう。なら、オレはそれに従うまで。
せい兄が一虎くんの目の前に座る。
「羽宮一虎、だな」
「お前は確か……乾」
せい兄とはあまり関わり、無かったよね。確か。この軸では。
今のオレたちには今までオレがタイムリープしてきたときの記憶が全てある。オレのせいで兄弟たちにもこの記憶を引き継がせてしまった。兄弟たちで話すときには支障は特にないけれど、今みたいな状況だとちょっと考えなきゃいけない。今の軸の話をしなければいけないから。
今の地続きの過去では確か、一虎くんは壱番隊にいて、オレも壱番隊。隊長は場地くんで副隊長は“千冬”。“イヌピーくん”とココくんは所属としては壱番隊だったけれど、実在としてはオレを基準とした別働隊、みたいな感じだった。
だからせい兄と一虎くんの面識はあるけれどそこまで親しくはない、友達の友達が1番近いんじゃないかな。
「夢でも、見てんの?」
オレたちを目の前にした一虎くんはまだ良く分かっていなかった。だろうな、としか思えなかった。今どんな状況なのかも分かっていない。
お茶を取りに行っていたたか兄がテーブルの上に並べる。
その手を辿って一虎くんは恐る恐る顔を上げた。
「おまえ、ほんとに三ツ谷なの……?」
表情は見えなかったけれど、声はわかる程に震えていた。
たか兄は優しく笑って。
「……久しぶり」
と言った。話、しようかと腰掛ける。
玄関のドアが開く音がして、抱いた猫と共に千冬が戻ってきた。
「一虎くん」
「ちふゆ」
4人で完結していた輪に、1つのきっかけが入ってくる。
5人で囲んだダイニングテーブルでオレたちは話をした。オレたち4人は一虎くんの知るあの4人の記憶を持った人間であること。意志としてはちゃんと本人であること。分かりやすいように、理解しやすいように、ゆっくりと話をした。
……ちゃんとあの爆発で死んでることもね。
「じゃあ、」
ゆっくりと口を開く。
「いま、お前たちは生きて、……」
「生きてるよ」
千冬が前のめりになって言う。テーブルの上に置いてある手を包んでいる。
「一度死んで生き返ったよ、一虎くん。あのときと同じ身体じゃないけれど、記憶はある。意志もある」
千冬と一虎くんは因縁がある、と言ってしまえばある。場地くんが死んだ世界。でも、この軸では生きている。真一郎くんも生きている。一虎くんが背負っている罪は何もない。
けれど千冬には記憶がある。オレが千冬に宿してしまった記憶。だからなのかな。感情が強く、感じる。
それに記憶が無くたって、この軸の場地くんたち3人はとても仲が良かった。3人はいつもペヤングを分け合っていて。
千冬の言葉を聞いた一虎くんは、潤んでいた目をごしごしと擦って笑顔を浮かべた。
「……そっか!」
オレたちの状況を受け止めて飲み込んで。ゆっくりと。一虎くんの中で折り合いが1つ着いた感じ。オレにはそう見えた。
今回は関わらないで生きていこうとしていた。みんなは今の人生を、オレたちは新しい人生を歩もうって。そう決めてた。でもこんな様子の一虎くんを見てしまったら。
生き返りの状態を喜んでくれる人がいる。それを今実感してしまっている。じゃあ、オレたちがこうして隠れて生きているってどうなんだろう、利があるのか? なんて。
あーやめやめ。変なこと考えるのは辞めよう。
「他になにかあるか? 羽宮」
2人のやりとりを見守っていたせい兄が話に入ってくる。一虎くんは特にないという素振りを見せた。
それを一眼見て、少し頼みたいことがある、という言葉から始まり。
「オレたちの親になってくれねえか」
…………。
……あ、なるほど。一瞬フリーズしたけど分かってきた。あれだ、一虎くんが来る直前の話。それで親権者、か。
「どゆこと???」
一虎くんにもハテナが浮かんでいる。たか兄もせい兄に説明を求めていた。
「今生活は色々とどうにかなっている。だけれどどうにもならないことが存在している。それが親だ」
せい兄は話す。今の親権者は自分達に興味がないので必要最低限のことしかやってはくれない。何かを契約しようにもできない。だからこの家にはパソコンもスマートフォンも存在していない。今生活がどうにかなっているのは、父親がまだいた頃に用意されていたものがあるから。
そのことを一通り話す。そうしたら2人は納得した。
確かに不便で仕方がなかった。通信機器がないっていうのは。現代では家族の誰かしらが持っていることが普通だったから。
「だから、オレたちの親になってほしい」
せい兄が一虎くんを真っ直ぐに見つめる。それに考える素振りを見せた。一休止して顔を上げる。
「説得とかできんの?」
「先に言ったようにオレたちには興味がない。それに手当とかは振り込まれた形跡はねえ……んだよな? 隆」
「うん、ねえよ」
「なら大丈夫だな。金を積めば靡くと思う。……どうだ?」
そのせい兄の言葉にもう一度顎に手を当てた。金、貯蓄……と1人呟いている。千冬と2人で心配そうに見ていた。
「――うん、問題ねえわ。金ならある」
寧ろ使い道なくて困ってたんだよなー、と笑顔で言ってきた。
ってことは、つまり。千冬と顔を合わせる。そんなオレたちに一虎くんはピースを向けた。
「オレがお前たちを養ってやんよ」
「か、……」
「一虎くんそれホント!?」
「ホントホント。にしてもオレが親かー。変な感じ」
4人で顔を合わせる。自然と笑顔になった。増えた。増えたよ。オレたちに家族。
「――一虎くんっ!」
「うわ!」
千冬が飛び込んだ。続いてオレも飛び込んじゃう。だって、ね。
「ありがと!」
「ありがとう!」
身体が疼いちゃうお年頃、なーんて。でも本当に嬉しいんだ。オレたちはもうかつてのみんなの生活に介入しちゃいけないと思っていたから。それなのに一虎くんが飛び込んできてくれて。ちょっとは昔のことを思ってもいいのかな、なんて。
嬉しくて。堪らなくて。言葉に言い表すのはとても難しいんだけれど。
「一先ず、だな」
「な」
一歩後ろでせい兄とたか兄が嬉しそうに笑っていた。
後日。
「ばっちり!」とピースしながらオレたちの親権を勝ち取ってきたと話す一虎くんの姿がそこにあった。そんなに簡単に勝ち取れるものなのかオレにはちょっとよく分からないけれど。
でも、これで。
「お前たちはこれから羽宮家な」
「そうじゃん」
「まあ……問題無いか。千冬?」
「うん。オレだけ前と全く一緒だったのもなんか不思議だったし」
一呼吸開けて。
「これからよろしくお願いします」
「宜しくされとけ」
家族が5人になった瞬間。