硝煙触れるまで相手の姿が見えない。
奇妙で厄介な傷を負ったものだ。だがそれ故に、聴覚や嗅覚といった他の感覚器官が補うように鋭くなったとも思う。
そう、例えば。
皆が寝静まったであろう深夜とも明け方も言えない時間に、自室の窓が開く音が聞こえ、ふっと意識が浮上する。
「……」
普通であれば敵襲かとすぐに覚醒する頭も、すぐに続いて微かに鼻を掠める硝煙のにおいがすれば、一瞬で動くことも考えることも脳はその働きをやめてしまう。
「…カイン」
名を呼ぶ静かな声も、頬に添えられる冷たい手も、そっと落とされる唇の感触も、心地よいものと無意識に捉えるようになってしまった。
そうして先ほどの繊細な手つきとは真逆に雑に布団をめくり無理やり自分よりもいくらか大きな体が潜り込んでくる。
その温もりに惹かれるように体を寄せるとすかさず抱きしめるように腕がまわる。
すんと鼻をすすれば濃くなる硝煙のにおい。
これに安心するようになったのはいつからだろうか。
そう思ったのも一瞬で、すぐにまた脳は働くことをやめ、眠りへと落ちていく。
「ぶら…どり……」
一度も目は開かず、声が出ていたかも曖昧な中、大きな手に頭を撫でられる感覚だけははっきりと感じとっていた。