ある晴れた日の昼下がりに、賢者はカインと二人、図書室へ続く廊下を歩いていた。
窓側を歩くカインの方を見ながら歩いていた賢者は、大きな窓から見える中庭で何やら話し合っている二人の魔法使いが目に止まり、思わず足を止めた。
「賢者様?」
カインは突然立ち止まった賢者に問いかけながら、賢者の目線をたどり同じように中庭に目を向けた。
「あ、すみません、ブラッドリーとネロが見えたので。ふふ、あの二人ってなんだかんだ仲良いですよ、ね…」
賢者はそう言ってから、しまったと思った。
カインはブラッドリーとネロの過去を知っていただろうか。特にネロは隠したがっているようだったし…。
賢者は何も言わないカインを恐る恐る見ると、予想だにしない様子に目を見開いた。
「(え、カインなんかめっちゃ怖い顔してません?え、そんな顔するんですか?え…はっ!?まさか!?え!つまりこれはそういうことでは??!!)」
どっち?!、と一人心の中で騒ぐ賢者を他所に、カインは眉間に皺を寄せ、顔を顰めて中庭にいる二人を見つめていた。
「カ、カイン…?」
賢者が声を掛けると、カインはハッとしたように賢者の方を振り向いた。
「あぁ、悪い、賢者様。さ、行こうか」
「え、あ、はい…」
先程の顔が嘘のようにいつもの朗らかな笑顔で賢者の肩を軽く叩き、歩き出してしまった。
賢者は、ふと視線を感じ再度中庭へ顔を向けた。
「ッ!」
声を出さなかった自分を褒めたいと賢者は思った。
ニヤリと笑うブラッドリーと目が合ったのだ。
賢者はいろんな意味を瞬時に察して視線から逃れるようにそそくさとカインを追った。
「ハッ!!おい見たかよアイツの顔!」
「…たく、性格悪いなホント。なんか企んでんじゃねぇだろうな」
窓から賢者達が見えなくなると、ブラッドリーは豪快に笑いながら楽しくて堪らないといった様子だが、一方、ネロは呆れたように肩をすくめた。
「あぁ?そりゃアイツ次第だな。ネロ、お前は邪魔すんじゃえねぇぞ」
「邪魔って、勝手に巻き込んどいて何言ってやがる」
「おいおい、そんな言い草ねぇだろうが。お前もアイツのこと気に入ってるクセによ」
「なっ、ふざけんなお前の下心丸出しの独占欲と一緒にすんじゃねぇ」
「わ、悪かったよ、んな怒んなって。相変わらず口悪ィな…」
直ぐに謝るブラッドリーにネロはハッと冷静になり、コホン、と一つ咳をした。
「まぁ、確かにてめぇとベクトルは違うが騎士さんの事は好きだよ。俺の飯を美味いって嬉しそうに食ってくれるしな。良い奴だしむしろ良い奴すぎて心配になるくらいだよ。どっかの悪い誰かさんに誑かされてんじゃねぇかってな」
「…いい加減俺だけを悪者扱いすんのヤメロ。別に誑かしてねぇし、アレはアイツ自身の心ってやつさ」
ブラッドリーは、トントンと自分の胸を叩いた。
「とにかく、カインが良いなら俺は何も言わねぇが、あの子が辛い思いすんなら、黙ってねぇかもな。それは忘れんな」
「へぇへぇ、ったく、おっかねぇな。俺の自分が気に入ったものへの扱いはてめぇが良く知ってるだろ」
自信満々に言うブラッドリーに、あぁ、確かにな、とネロは深いため息をつくしかなかった。
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夜になると、ブラッドリーはカインを誘って自室でグラスを傾けていた。
二人で飲む時は大抵カインが今日あった事や、中央の訓練のこと、賢者とのことを話しブラッドリーは聞き手に回る。
昼食中にリケがネロの料理に感動していた話をしていた時、カインはふと昼間の光景を思い出し、そうだとブラッドリーに尋ねた。
「たまにはあんたの話も聞かせてくれよ」
「俺の話?」
「あぁ、盗賊団の話とか、あ、嫌だったらいいんだが」
「別に嫌じゃねぇが…」
ブラッドリーはカインを見ながら、良い事を思いついたと要望通り盗賊時代の話をし始めた。
あえて、元相棒の話を選んで。
「そん時のアイツの顔、忘れもしねぇ。おっかねぇんだよ、マジで」
「…そうか、ちょっと見てみたい気もするな」
「…クッ、クク、そんな顔すんなよ」
「?……そんな顔って?」
ブラッドリーは溜まらず声を漏らした。
カインは突然笑ったブラッドリーに疑問を浮かべる。
そんなカインにブラッドリーは顔を近づけて揶揄うように告げた。
「ネロの話ばっかしてサミシイって顔」
「なっ!そ、そんな顔してないっ!!」
バッと距離をとったカインは一気に顔に熱が集まるのを感じた。
ブラッドリーは離れた分の距離を再度詰めてカインを逃げられないようにする。
「あ?昼間もあんだけガン飛ばしといて何言ってやがる」
「昼間って、気づいてたのか…」
カインは降参だと言うように首をゆるく左右に振る。
ブラッドリーはカインの顎をすくい、上を向かせ視線を合わせた言い聞かせるように告げる。
「過去は過去だろ。あいつは俺の元相棒で、それは変わらねぇ過去だ。お前は俺の相棒になりたいのか?」
さっきまでの揶揄うような声音とは打って変わり、真剣な表情をするブラッドリーに、カインの心臓はドクドクと鼓動が早まっていく。
「そう、じゃないが…。過去…たしかにそうだな。分かってる、分かってるけど、でも、その過去を俺は知らないじゃないか」
カインがそう呟くように言うと、ブラッドリーは一瞬目を見開き、直ぐに口角を上げて笑った。
「いいじゃねぇか!そうだ!もっと見せろよお前の独占欲!」
「ど、独占欲って」
「あんだよ、お前のソレが独占欲以外の何だってんだ」
「〜!仕方ないだろ!だって、こんな気持ち、初めてなんだ…」
尻すぼみになっていく声に、真っ赤な顔に、ブラッドリーは自分が高揚していくのを感じた。
「はっははは!!お前やっぱり最高だぜ!」
「??!!え、え?」
ブラッドリーは困惑するカインの腰を掴みぐいっと引き寄せた。
「俺様に奪いたいと思わせたんだ、自信持てよ。中央の色男」
宝石のように輝くワインレッドの瞳にとらえられる。それから、とブラッドリーは言葉を続ける。
「お前は俺のもので、お前を手に入れた俺は、お前のものだ」
カインはぎゅっと心臓のあたりを握りしめた。心が叫びだしたくなるほど歓喜で震えている。
「あぁ、俺を離さないでくれよ、ブラッドリー」
カインは曇りひとつない笑顔でブラッドリーへ腕を伸ばした。