ひまわり「ブラッドリー!すまん、遅くなった!」
夜も深まった時間に、カインは慌ただしくブラッドリーの部屋を訪ねていた。
ガチャリとドアが開き見えたのは少し不機嫌そうな部屋主の顔。
快くとはいかないものの、すぐに部屋の中に入れてくれた。
「俺様を待たせるとは良い度胸してンじゃねぇか」
「悪かったよ、来る途中に賢者様に会って…えと、書物を運んでいたから手伝っていたんだ。あぁ、ほら!栄光の街自慢のワインを持ってきたから、許してくれ」
「たりめーだ、授業料はきっちりいただくぜ」
カインは右手に持つワインを掲げて早速ご機嫌取りにでる。
カインはブラッドリーの機嫌や気分が良い時に魔法や戦闘の稽古ををつけてもらっていた。きっちり見返り付きで。その話を聞いた賢者はどんな要求をされているのか心配をしたが、食べ物や酒を持っていけば大概受け入れてくれる、本当に面倒見がいい奴だよ、と爽やかに言われてしまえば、賢者は深く突っ込むことが出来なかった。
「あ?なんだその花」
「え、あぁ、そうだ。これもブラッドリーに」
カインは左手に持っていた花瓶をブラッドリーに差し出した。
花瓶には飾りっ気なくただ同じ花が7本挿されている。
「俺にだぁ?これ、向日葵じゃねぇか」
「えっ、知ってるのか?」
「てめぇ、俺をなんだと思ってやがる」
「いだっ」
手加減のカケラもない重たいデコピンをくらってカインは額を抑えながら悶絶する。
確かに今のはなかったな、と思いつつ、花に詳しい盗賊団のボスはちょっと想像できないな、と明後日の事を考える。
「で?花を贈る意味はちゃんと分かってるんだろうなぁ?お嬢ちゃん」
「そのお嬢ちゃんてのやめてくれ。残念だが、ブラッドリーが思ってる意味じゃないぞ。ルチルとミチルが南の国で摘んできたんだ。…それで魔法舎のみんなに配ってる」
嘘は言っていない。
そう、この花は確かにルチルとミチルが摘んできた花で、カインも赤い花を貰った。
それは昼下がりの食堂でのことだ。
カインが誰かいるかと食堂に行くと、楽しそうな話し声が聞こえてきた。そこでは今朝ハイタッチを済ませていた賢者と、ルチル、ミチル、クロエ、ヒースクリフが花を囲んで談笑していた。
「何をしているんだ?」
「あ!カイン!見てみて、ルチルとミチルが南の国で摘んで来てくれたんだよ」
クロエがキラキラと瞳を輝かせながら答える。
「へぇ!沢山摘んだんだな!すごく綺麗な花ばかりだ」
「へへへ、ありがとうございます!南の国は暖かいからいろんな花が咲くんです!」
ミチルが嬉しそうに花の説明をする。
「初めて見る花や、私の世界にもある花もあって、いろいろ教えてもらっていたんです。花言葉も同じような意味があって。あ、これ私の世界でもありました!」
賢者が指差した花は、黄色い太陽のような花だった。
するとルチルが生徒に教えるように、優しい声で説明してくれた。
ー向日葵の花言葉には…
「ふーん?まぁ、貰えるもんは貰っとくぜ」
ブラッドリーの言葉ではっと我に返ったカインは、あぁ!と笑いながら差し出した。
ブラッドリーは感情の読み取れない表情のまま受け取った。受け取ってくれたことにホッとしながら、少しだけ本音が顔を出す。変に思われただろうか。それとも些細な変化を気にするような仲でもないかもしれない。たぶん、後者だろう。
カインはちくりと痛む胸に気づかないフリをして、切り替えるようにワインを開けた。
*********
「次の授業料は肉にしろ」
そう言われカインは中央の国の行きつけの肉料理が美味い店にブラッドリーを連れて訪れていた。
ブラッドリーは満足したらしく、上機嫌でカインと共に街を歩いて行く。
反対にカインといえば財布がずいぶん寂しくなったな、と次の礼はどうしよう肩を落としていた。
ーゴーン…ゴーン…
カインがオズの授業についてほぼ一方的に話していると、不意に幸福を祝う音が響いた。
カインは話すのをやめ、顔を音の方に向けた。
「お、誰か結婚式を挙げているのか!」
パッと花が咲くような笑顔になったカインを見る。
厄災の傷のせいでカインには永遠の愛を誓い合う二人は見えない。
それでも揺れる鐘を祝福するように見つめている。
「おーおー、盛大に祝ってるぜ。お幸せなことで」
「愛する者との永遠の誓い、か…最愛の相手の、一番そばで、一緒に生きていけたらきっと幸せなんだろうな」
ブラッドリーは幸福の中心にいる二人を一瞥すると何も言わず歩き始めた。
「あ、待ってくれよ」
ブラッドリーに声をかけたが、カインはもう一度、鐘の方に目を向ける。
「グラディアス・プロセーラ」
カインは小さく呪文を唱えた。
二人の愛が永遠であるようにと、願いながら。
「カイン」
ブラッドリーの呼ぶ声がする。
てっきり置いて行かれたと思っていたカインは慌てて追いかける。
「お前、今夜付き合えよ」
飲むぞ、とこちらに選択権はないまま話が進む。
カインとて、ブラッドリーと飲み交わす時間は特別で、断るわけもないのだが。
その後も取り止めのない会話をしながら魔法舎への帰り道をいつもよりゆっくりと進んでいった。
その夜、カインはブラッドリーの部屋を訪ねブラッドリーに酒を注がれていた。
「(随分機嫌がいいんだな)」
そんなに肉が気に入ったのか、と思っていると、ブラッドリーがグラスを置きソファに肘を掛けながら体ごとカインの方に向けた。
「カイン」
いつもと違う響きをもったあまり呼ばれ慣れていない自分の名を呼ぶ声に思わず動きが止まる。
倣うようにカインもグラスを置いて向き合った。
ブラッドリーは変わらず機嫌の良さを表情に乗せたまま続けた。
「俺は貰いっぱなしは性に合わねぇし、俺様のポリシーに反する」
「な、なんだ急に。酒のことか?それは稽古つけてもらってるお礼なんだが」
「ちげぇ、それはきっちり貰ってやる。酒じゃねぇよ」
「?何かあげたか?」
「おぅ、貰ったな。そんで、俺はまだ応えてなかった。別に急ぐ必要もないと思っていたが気が変わった」
そう言うとブラッドリーは片手を軽く上げた。
「アドノポテンスム」
「わっ」
ブラッドリーが静かに呪文を唱えると、視界がパッと黄色く染まった。
「え、これは…」
「てめぇにやるよ」
ブラッドリーの手には向日葵の花束が抱えられていた。
ぶっきらぼうに渡すところがブラッドリーらしいと、カインは驚きつつも笑みをこぼす。
「はは、凄いなこんなに沢山。あんたって案外ロマンチストだよな」
「うっせぇ」
「機嫌を悪くしないでくれ、照れ隠しだよ」
ブラッドリーはそう素直に白状するカインにぴくりと眉を上げる。
なるほど確かに耳が赤い。
さらに気分が良くなったブラッドリーは、カインに分からせるように手を伸ばし顎を掴み視線を合わす。
「ッ…」
カインは熱を孕んだアメジストの瞳からを目を逸らすことが出来ない。
捕まった、と思った。
「ブラッドリー…」
「答え合わせをしてやろうか」
ニヤリと笑う。
カインはハッと息を飲んだ。瞬時にあの日のことが頭をよぎる。あの時の向日葵を、意味を、ブラッドリーは知っていたのか。
カインが口を開く前に、ブラッドリーは楽しげに続ける。
「てめぇが俺に隠し事するなんざ600年早ぇ」
「…まぁ、そうだよな」
カインは敵わないなと、苦笑した。
それでも負けず嫌いが顔を出し、真っ直ぐにブラッドリーを見つめる。
その誠実で意志の強い、花と同じ色の瞳をブラッドリーは愛おしいと、確かに思っている。
そしてカインは期待を込めてもう一つの答えを求めた。
「これ、何本あるんだ?」
「本数を聞くってことは、てめぇも意味を知ってるんだな?」
ブラッドリーはカインの頭に手を回し引き寄せ耳元に口を寄せる。
そして、まるで誓いの言葉のように、ゆっくりと告げた。
それはどんな財宝よりも価値のある特別な言葉のようだった。
ー向日葵の花言葉には、あなただけを見つめる、という意味が代表的ですね。あと、本数によっても違うんですよ。たしか、99本だと、永遠の愛、という意味があるんです。
言葉にできない代わりに、 想いを乗せて花束を。