腕まくり雲一つない青空の下、賢者は剣の稽古に励む二人の魔法使いをベンチに座って熱心に見ていた。
剣が交わる音が止まる事なく響いている。
「なぁにニヤけた面して見てんだ、賢者」
「ひゃいっ!!!!」
突然かけられた声に驚いて振り向くと、朝から見かけなかったブラッドリーが立っていた。
「ブ、ブラッドリー!心臓に悪いのでやめてください…」
「別に気配殺してたわけでもねぇよ。お前が気づかなかっただけだ。何に夢中になってたんだろうなぁ?」
「うっ…」
意地の悪い笑みを浮かべたブラッドリーに、賢者は居心地の悪さを感じる。
絶対に揶揄ってやろうという魂胆が見え見えなのだ。賢者はすっと視線を逸らす。
ブラッドリーは構わずドカッと隣に腰を下ろした。
ふんぞりかえり長い脚を組み、前を向きながら容赦なく言及する。
「中央の騎士と王子が稽古してンのを見てニヤついてたのか?」
「自分でも分かってるので言葉にしないでください…」
「ははっ」
厄災の傷であるくしゃみで何処かに飛ばされてイライラしていたところに面白いものを見つけたと、一気に機嫌は上昇する。
「で?」
「はい?」
「しらばっくれてんじゃねぇよ。もっと理由あんだろ、その面の」
「〜!性格悪いです、ブラッドリー」
「好奇心旺盛て言ってほしいね」
これは言わないと解放してくれないやつだ。
賢者は瞬時に悟る。伊達に賢者をやっていないのだ。北の魔法使いの性格にも扱いにも慣れてきたところだ。
賢者は意を決しすうっと息を吸い込んだ。
「カインの捲られた袖から見える腕の筋がかっこよくて見つめてました練習着以外ほとんど露出が少ないカインが腕まくりすることにより現れる賢者の紋章も剣を握った時に浮き上がる筋肉も最高なんです普段見えないからより良いんですタンクトップ姿で見える時とはまた違うんです絶対領域ってやつです!!!(早口)」
「うおっ」
一気に捲し立てる賢者の剣幕にブラッドリーは文字通り引いている。
一呼吸で言い切り息を切らす賢者は聞き取れなかったことを祈るばかりで。しかし悲しいかな、相手は死の盗賊団の首領、何もかも上手である。
「へぇ、中央の兄ちゃんの腕まくりで興奮してんのか?」
「(聞き取れるんか〜い)」
言い方…とがっくりと項垂れる賢者をよそにブラッドリーは顎に手を当て一人納得したように続ける。
「そりゃアレか。賢者のフェチってやつか」
「ッ、そうですよ悪いですか」
こうなったらと開き直った賢者は何故か強気だ。
「誰も悪いとは言ってないだろうが」
「え?」
思わぬ返しにブラッドリーの方を見ると賢者は後悔した。
極悪人のような笑みを浮かべたブラッドリーに、賢者がドン引きする番だった。
**********
「ここまで来りゃいいだろ」
小腹が空き食堂に向かったブラッドリーは、夕飯の仕込みと用意していたものをつまみ食いし、それをネロに見つかり追いかけられていた。
逃げるのも慣れたもの、と魔法舎の近くの森に逃げ込んだ。
すると見知った魔力を感じ、ブラッドリーはわざと足音をさせ近づいていく。
開けた先には小川がある。そこには案の定、練習着を来たカインがいた。
川の側でしゃがみ込んでいる。
「何してんだ?」
「あ、ブラッドリー!」
声をかけるとカインはいつもの快活な笑顔を向け立ち上がった。
「水を汲んでいたんだ」
カインは左手を持ち上げて水が入った小瓶を見せた。カインの部屋に置いてある、アミュレットだろう。
ブラッドリーは、相槌をうつように片眉を上げて近づいていく。
「ここは俺の故郷の小川よりマナが濃い気がするんだ。魔法舎の近くだからだろうな。ここにいると、力が湧くっていうより落ち着いてくるんだよな」
「そりゃ精霊も多いしな。魔力が安定してんだろうよ」
「なるほど」
カインは納得するように頷くと、改めてしゃがみ込み手袋をしていない右手で川の水に触れる。
「あと水が冷たくて気持ちいい!」
ブラッドリーも触ってみろよ!と笑うカインを見て、ふとカインの賢者の紋章が目に留まった。
そして、いつかの賢者との会話を思い出した。
ニヤリと笑ったブラッドリーは、おう、と返事をしてカインの後ろに立つ。カインがブラッドリーの方を見る前にしゃがみ込み、カインを覆うように体重をかけ、同じように右手を伸ばす。
息を飲むカインを放って、ブラッドリーはそのまま捲られた袖から見える賢者の紋章をつーっとなぞった。
ぶわっと急速に高まる体温を感じながらもカインは抵抗出来ずにいた。
それをいいことに、どんどんと右手は下に降りてきて手首を撫で、さらに水の中にあるカインの手に重ねる。
銃を握る案外綺麗な、だか男らしく骨張ったその手で、指で、カインの甲をいやらしく骨に沿って撫でる。
カインは最中を思い出すその動きに堪らず声をあげた。
「ッ!ブラッドリー…!」
「あ?」
少し上ずった声に動きを止めチラリと横を見る。
カインは髪に負けないくらいに耳を真っ赤に染め、咎めるようにこちらを睨んでいた。
その時、右側にいてよかったな、とブラッドリーは思った。
髪に隠されていない右側は目元から頬までもかわいそうなほど真っ赤になっている。まだまだ初心な反応に、自然と口角が上がる。
「どうした?イイ顔になってるぜ?」
「なっ、あんたのせいだろう!」
距離を取ろうとする体をすかさず左手で抱えるように腰を抑える。そうされてしまえばカインはもう身動きを取ることすらできなくなってしまった。バクバクと心臓がうるさい。
「俺は、お前が触ってみろって言うから、触っただけだぜ」
ブラッドリーはカインを見つめたまま、ゆっくりと耳元で囁きながら右手の親指でするりとカインの甲を撫でる。
「ッ!」
カインは思わずぎゅっと目をつむる。
そんな反応を見てブラッドリーはさらに笑みを深める。賢者が見たら極悪人のようだと言うだろう。
ただ、こんな反応を見れるのなら確かに、
「悪くねぇな」
「…は?」
ブラッドリーはそうつぶやくと、再度無防備な腕をなぞるようにしてからパッとカインから離れ立ち上がる。
行くぞ、と魔法舎へ体を向ける。
「ブラッドリー?」
カインはブラッドリーの突然な行動について行けず、つられるように立ち上がる。
「なに呆けてんだ。続き、してやるよ。それとも今ここでするのをお望みか?」
「〜ッ!!まだ昼間だぞ?!」
ブラッドリーはくくっと笑うと、一先ず真っ赤な顔でぶつぶつ言う口を塞ぐために魔法舎へ向いていた体を再び小川へと足を踏み替えた。