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    はじめ

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    はじめ

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    面あた
    結婚前の最後の逢瀬

    #面あた
    face

    最後の逢瀬 最後の思い出、だとかなんだとか、名残惜しさや押し付けがましさやノスタルジックを感じたかったわけではない。
     もうきっと、こういう風にして、二人きりで秘密の触れ合いをすることは、一生訪れないかもしれない、と思ったら、無性に触れたくなった。だから最後にしようと言った。面堂から言った。
     あたるは、そうか、とたった一言呟いて、やけに大人びた顔で笑った。
    「――じゃあ、これきり、最後にしよう」
     瞬間、決心のつかない頼りない心は我儘にも後悔をした。胸を打つ寂しさや焦燥に、なんとか頭を振って返事の代わりに頷いた。
     思えば肝心なことはなにひとつ言わない関係だった。裏を返せば、だからここまで一緒に居られた。
     覚悟を決めたようなあたるの笑顔があまりにも眩しくて、思いのほか胸が詰まった。面堂はこのとき、なんと返事をしたのか覚えていない。
     一週間後に諸星あたるは、面堂終太郎の想い人と結婚をする。

     日曜の昼下がり。約束をしたホテルのラウンジにきっかり五分遅れてやってきたあたるは、少しくたびれていた。
    「まさか準備で宇宙を駆けるとは思わんかった」
     参った参った、と頭をかきながらアイスコーヒーをすする様子を、脱力しながら眺めた。惑星を越えた結婚には、常人ではうかがい知れない苦労があるらしい。
    「…彼女に苦労を掛けるなよ」
     図らずも皮肉も混じった口調になってしまった。祝福すべきタイミングをことごとく逃し、けっきょく雁字搦め。自分だけが置いてけぼりの気分だ。子どもじみた自分の態度に自己嫌悪に陥りつつも、おめでとうと拍手を送ることも行くなよと胸を抱いて縋ることも出来ない。
     面堂の気持ちを知ってか知らずか、あたるはいつになく殊勝な顔で「うん」とだけ頷いた。それから「苦労掛けられとるのはこっちじゃ」と減らず口を叩く。それが引き金となって喧嘩となり、予約した部屋へと向かうエレベーター内で息が上がった。それでも、喧嘩のおかげで平静を保てた。
     ベッドメイキングが行き届いた部屋は、それはそれは綺麗だった。眩い陽光が窓ガラスに反射し、白いシーツを照らす。真昼間から情事に溺れるなんて、背徳感がまとわりついてくるのに、最後だからと言い訳をして、神様に請う。今日だけ、許して、と心のなかだけでお願いをする。
     休日だったが、二人ともスーツを着ていた。まさか正装をしてくるとは思っていなかったので、素直に驚いてみせると、お前はいつも恐ろしいほどの高いホテルを予約するだろう、と呆れられた。
    「別に、どんな格好をしたって、誰にどう思われたって俺は構わん。構わんが――」 
     この部屋に入れんかったら、二人で居られんかったら、最後もなにもないじゃないか、と寂しそうにあたるが呟く。
     思わず涙腺にきて、俯くと、あたるが怪訝そうに眉を寄せた。
    「何を泣いとるんじゃ」
    「…泣いてないわい」
    「震えた声でかっこつけんな」
     それからはタガが外れたように、何度も抱き締めた。いやもう、抱きすくめるといった方が正しい。背中に腕を回して、けっしてやわらかくはない肌に触れながら、離れがたくてまた泣けた。これじゃあ、どっちが抱く側か分からん。涙で濡れた面堂の頬や目元を、あたるが口元を緩めながら拭う。
    「――これからはもう、お前とは二人きりで会えんわ」
     かすかに笑って、面堂の後ろ髪を撫でる。
    「――なんで」
     と、この時ばかりはさすがに聞いた。
     それでもあたるは毅然として、浮気になるだろ、とにべもない。
    「――男とは、浮気にならん、と言ってたろう」
     みっともないことは百も承知で言い返すと、あたるが平然と残酷なことを言う。
    「――お前とは、浮気になる」
     頭をかき撫ぜられ、この男が面堂のもとから離れていくことを、ようやく本当に理解をした。指先に馴染む素肌も、面堂の手に反応する体も声も、もう今日で最後、今日で最後。
     あたるが結婚をするから寂しいのか、最愛の人が嫁ぐから悲しいのか、いつの間にか感情はごちゃ混ぜになって、もうどっちがどっちか分からなくなる。
     ベッドの上で指を絡め、何度もキスをして、愛して愛して愛して愛して、しんそこ愛し合って、ナカで果てた。
     体を重ねたあとの微睡のなか、涙で乾燥した面堂の目元をあたるが愛しそうに何度も撫でる。
    「――面堂、おやすみ」
     と。

     目を覚ますと自室のベッドだった。一時間後に迫った登校時刻、けっして相容れない安堵と混乱が同時に押し寄せる。気付けば涙がとめどなく溢れていて、嗚咽まで伴う始末。
     熱い目頭を近くにあったタオルで冷まし、憎たらしい男のことを想った。
     目を腫らして登校した面堂を、あたるは不思議そうに眺めていた。
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    はじめ

    DOODLE面あた
    名前を呼べばすっ飛んで来る関係。

    あたるくんの「面堂のばっきゃろーっ」を受けて0.1秒ですっ飛んでくる面堂くんも、呼べばすぐに来るって分かってる確信犯なあたるくんも大好きです。
    恋より淡い 校庭の木々の葉はすっかり落ちて、いかにも「冬が来ました」という様相をしていた。重く沈んだ厚ぼったい雲は今にも雪が降り出しそうで、頬を撫でる空気はひどく冷たい。
     期末テストを終えたあとの終業式までを待つ期間というのは、すぐそこまでやってきている冬休みに気を取られ、心がそわそわして落ち着かなかった。
    「――なに見てるんだ?」
     教室の窓から校庭を見下ろしていると、後ろから声を掛けられた。振り向かなくても声で誰か分かった。べつに、と一言短く言ってあしらうも、あたるにのしかかるコースケは意に介さない。
    「…あ、面堂のやつじゃねえか」
     校庭の中央には見える面堂の姿を目敏く捉え、やたらと姿勢の良いぴんと伸びた清潔な背中を顎でしゃくる。誰と話してるんだ、などと独り言を呟きつつ、あたるの肩にのしかかるようにして窓の桟に手を掛けている。そのまま窓の外の方へと身を乗り出すので危なっかしいたらありゃしなかったが、落ちたら落ちたときだ。
    1680

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