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    はじめ

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    はじめ

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    キスの好機を逃さない面あた

    #面あた
    face

    放課後の保健室 窓から差し込む遮光線が校舎の廊下を照らしている。面堂が歩くたびに足もとの影が揺れて、それはどこか初夏の兆しを感じさせた。
    「面堂さん、さようなら」
    「ああ、さようなら。また明日」
    「また明日ね」
     すれ違う女生徒に別れを告げつつ、面堂はある場所へと向かっていた。ぱたぱたと上履きが廊下を鳴らす音、はためく学生服。放課後の学校はどこか切なげで、暮れゆく空を見上げるとどうしたって心が急いた。
    「――さて、サクラ先生はいるだろうか」
     この廊下を曲がったところに面堂が目指す保健室はある。いつもは男子生徒でごった返す保健室がしんと静まり返っていたので少し不思議に思ったが、構わず保健室のドアを開けた。
    「――サクラ先生」
     勢いよく引き戸を開けると、向かい風によって前髪が乱れた。堪らず後ろ手に戸を閉め、片手で前髪を直しつつ、なんの反応もない保健室内を視線だけで見回す。あいにくサクラは不在で、机の上に「職員会議」と達筆な文字で書かれたメモ用紙が見えた。
    「――サクラ先生ならおらんぞ」
     瞬間、聞こえる聞き馴染みのある声。反射的に視線を彷徨わせると、翳り出したオレンジ色の夕陽が射し込む白いシーツの上で、あたるが気だるげに頬杖をついていた。
    「――なにしとるんだ貴様」
    「俺がいちゃ悪いか」
    「悪いだろ」
     剣呑な声も出るってものだ。サクラ不在の保健室で会うとは誰も思わない人物。我が物顔で寝転がるあたるに向かって小言を投げ掛けるも、言われた本人は平然としていた。 
    「みな考えることは同じだな」
    「なにが?」
    「おおかた、怪我の手当でもしてもらいにきたんだろう、人がいない放課後を狙って」
     どうせ大したケガでもないくせに。そう続ける言葉が全て自分に返ってくることに気付いていないらしい。あたるが怠そうに上半身を起こし、何度か欠伸をする。
    「失礼なことを言うな。僕が保健室に来るのはれっきとした理由がある。貴様と違ってな」
    「ほう、どんな理由だ?」
     訝しげなまなざしを舌打ちで散らして、面堂は続ける。
    「僕は貴様と違って優秀だから、放課後自主的に予習と復習をしていたんだがね、その際、教科書でちいとばかし指を切ってしまってだね。ほら、この通り」
    「ほぉ、俺にはち~っとも血が出てるようには見えんが?」
    「うるさいな、よく見てみろよ。…そういうお前こそなぜここにおるんだ」
    「俺か? 俺はほら、ここだよ、ここ」
    「…ん?」
    「見えんのか? 肘、すりむいとるじゃろ」
    「どこがじゃ? 貴様はまず眼科に行った方が良いんじゃないのか?」
    「ああ、お前もうるさいな」
     互いに互いの傷を見せ合ったり貶し合ったり大仰に嘆いてみせたり、なんだかんだと小競り合いをしているうちに時間が流れていった。程なくして保健室の時計が十七時を知らせる。初夏はまだまだ陽が長く、橙色の影が室内に落ちていった。
     ふいに換気のために開けておいた窓から夏風が入り込み、カーテンが揺れたタイミングで天井を見上げた。遠くの方から聴こえるトランペットは吹奏楽部の生徒だろうか。
     いかにも学生らしい初夏の放課後だった。そんなことを思っていると、あたるが「けほ」と控えめに咳き込む。さすがに驚いてその顔を覗き込むと、んぐんぐと喉を鳴らしてあからさまに誤魔化すものだから呆れた。
    「………お前、本当に風邪を引いてるんじゃないのか?」
    「………さあ」
    「どうして、そういう時に誤魔化すのか…」
    「…誤魔化しとらんわい」
     変なやつだな、と思う。弱さをひけらかす根性や潔さはあるわりに、根っこの根っこの部分では、誰にも心のうちを見せようとしない。
     この日の保健室はやけに暑くて目眩がしそうだった。僅かに開いた窓から入り込む風は温ったく、校庭からは野球部の掛け声が聞こえてくる。
    「――だったら、お前にうつして良いか?」
     たっぷり三秒ほどの沈黙のあと、ひとつも表情を崩さずにあたるが聞いた。ゆっくりと、目が合う。
     は、と声にならない声が漏れて、途端にあたりから音という音がなくなる。あたるの首筋を流れる汗と隆起した喉仏を順で目で追い、思わず面堂も息を飲んだ。周りがやけに静かなのは、自分が緊張しているからかもしれない。
    「――うつして、良いか?」
     もう一度、あたるが聞く。その瞳に色が灯り始めたので、心臓が跳ねた。
     うつすって――。
    「…なにを?」
    「…分からんか?」
     わからん――。
     あたるが動くとベッドが軋んだ。少し不機嫌そうな顔で面堂を見上げ、「はよしろ」と早口で言う。
     もうこうなったら、面堂は逃れられない。細心の注意を払いつつ、あたるに近付く。すっきりとした頬を右手で包むと、あたるの瞼が微かに揺れた。
     汗の滲む額、瞼や目じり、頬、と順にキスで辿ると、あたるが満更でもない顔で笑った。
    「…なにを笑っとるんじゃ」
    「…いや、別に」
     苛立ちを振り払うように、弧を描く唇に触れるだけのキスをする。でもすぐに物足りなくなって、舌を絡めた。
    「――ん」
    「――ふぁ、っ…」
     気付いたらあたるの両手が面堂の首元に伸びてきていた。ぎゅうぎゅうに抱き締められて、息苦しいのに嬉しい。あたるに引き寄せられるように、片手をベッドにつく。
     壁にもたれかかるあたるの上唇をあむあむと食み、並びの良い歯を舌でなぞった。それはもう、何度も何度も角度を変えて。舌と唇が熱く痺れるたびに腹が疼く。目の前で蕩けていくあたるの瞳は、瞬きすらも惜しいほど、ずっとこの目に留めたかった。
     背中に手を回し、骨が軋むほど抱き締める。密着するためにベッドに体重を掛けると、スプリングが鈍く軋んだ。ぎいぎいと不規則な音が余計に興奮を加速させた。
    「…あ、んっ、はぁっ…――」
     呼吸をするためにほんの一瞬だけ唇を離すと、吐息と嬌声が混じったものがあたるの口からぽろぽろと零れ出す。しなる体とくびれた腰がやらしかった。
    「…うつっただろうか」
    馬鹿にするつもりで聞いたのに。
    「…これだけしてうつってなかったら、キス損じゃ」
     本当に、この男は平然と、酷いことを言う。
     そのわりに、力が抜けてしまったあたるの体を支えるために腰を引き寄せる。尾てい骨に指を這わすと、その背中が波打った。体は反応を示すわりに、あたるはいつだって落ち着き払っていた。だから、悔しい。
    「…諸星」
    「…なんじゃ」
    「…諸星」
    「…だから、なんだよ」
     ただひたすらに名前を呼びたくなる日があることを、面堂はあたると出会って知った。
     廊下からときおり聞こえる足音により募る背徳感。反響する鼓膜と、痛いほど軋む心臓にかぶりを振って、目の前で悶える男を見つめる。至近距離で目が合った瞳は見たこともない獰猛な色だった。息も絶え絶え離した唇は二人分の唾液で光っている。
    「…ん」
     視線と吐息だけでもっととねだる。もっとしてとねだる。あたるの指先が面堂のベルトに触れた瞬間、その先を求められていることを察し、あほ、と舌を甘噛みしてやった。
    「…これ以上はここではだめだ」
    「…意気地がないのぉ」
     なおも譲らないあたるが、スラックスのファスナーをかりかりと指で弄り始める。
    「…意気地の問題じゃない、モラルの問題だ」
     ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らしたあたるが、交換条件とばかりにゆっくりと瞼を閉じたので、それくらいなら許してやろうと、もう一度唇を重ねた。この夏が永遠であれと、柄にもなく願いながら――。
     その瞬間、何の前触れもなくドアが勢いよく開いたので心臓が止まるかと思った。
    「――思ったよりも職員会議が長引いてしまった、諸星すまんかった…ってお前もおったのか」
     路地裏の猫よろしく飛び上がって驚く面堂を、やたらと器用に蹴飛ばしたのはあたるだった。鳩尾にヒットした右足のおかげで床にしりもちをつく始末。心臓が猛スピードで動き始める。
    「もうこんな時間か、腹が減ったのぉ。――って、おぬしら何やっとんじゃ」
     ベッドの端で心臓をおさえるあたると、床で目を見開く面堂を交互に見て、サクラが不思議そうな顔を浮かべる。
    「――は、は、早かったねサクラさん」
    「そうかぁ。今日の会議はやたらと長かったが」
    「――い、いやぁ、びっくりしたなぁ」
    「ところでおまえはどうした? 怪我でもしたか?」
    「あ、あ、僕は、僕は、いたって健康ですよ?」
    「そうか、それはなにより――」
     カラカラと保健室の窓を閉めたサクラが軽く伸びをして、陽が長くなったのぉ、と感慨深く呟く。
     それから――。
    「――おぬしら、二人揃って顔が赤いが、熱でもあるんじゃないか?」
     珍しいこともあるもんだな、との朗らかな声が、初夏の放課後に溶けていった。
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